しゃべり場だより No.79

2024.5.24

腰痛をかばいながら歩いたら

 私の住む団地を囲むようにして流れる大川という名の中級河川があり、川のほとりに栴檀(せんだん)の木がよい香を放っている。「栴檀は双葉より芳し」というが、今まで全く気付かずにいた。もっか腰痛をかばいながら接骨院まで大川のほとりを歩くことになり(車の乗降りがつらい)、日によっては10mくらい香りが追いかける。

「夏は来ぬ」という歌にたしか栴檀がでてくる。栴檀の別名「楝」(あうち・おうち)として4番に登場。

  楝ちる 川べの宿の

  門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して

  夕月すずしき 夏は来ぬ

 そういえば、水鳥が飛び立ったり、ちちっと鳴き声も聞こえるようになったんだなぁ。もちろん川のせせらぎも聞こえる。なんて長閑な世界だろう。腰痛にならなかったら足早に通り過ぎてしまった景色だ。この国の自然は失われていく一方と悲観しがちだが、私たち人間の方が効率とかコスパとか便利さを追いかけて脇目もふらず走って、情緒を味わうゆとりをなくしていたのではないか、なんて思う。

 この長閑な光景の対極にあるのが戦場であることを想像するのはとても苦しいことである。平和を祈りながら、人間も自然の一部であれば、花が香るように鳥が鳴くように笑顔でいきていきたいと思った。

 

和田さんの講義を聴いて

 昨年、ITOにおじゃまして整体師の和田宗士さんから身心の整え方を学んだ。今回はアンコールに応えて「心と身体を整える講座~自律神経にアタック!!」が実現した。

 はじめのうちは仏教講座かと思うほど、四苦八苦(生・老・病・死)(求不得苦、怨憎会苦、愛別離苦、五陰盛苦)について教えられる。さまざまな苦しみとむき合うのが人生である。人生の目標は自由になることであれば、まことに不自由な現実である。病気になると健康に気をつけるし、自由と不自由は対極にある。痛みは筋肉が痛いのではなくその中にある神経が痛みを発するそうだ。だから自律神経を整えると身心がいい状態になる。

ではその自律神経をどうやって整えれば良いのか、どんな実技を教わるのかなと

ウォーミングアップしていると肩すかしをくう。経験ズミの「プッ」とやる吐き出しのほかに「バカ―」って叫ぶのも良し、物を壊すのも良しというから、ヤバイよヤバイよであるが、遠くをみてポケっとする、筋肉をゆるめてやると聞いて腑に落ちる。「ゆるめる」ことの究極は赦す(ゆるす)ことだと和田さんは言う。

そして、「楽しい」「かわいい」「たまんない」と連発して生きようと締めくくった。

和田さんの尊敬している池上六郎氏の著作も機会があれば読んでみたいですね。

 今回の参加者は前回和田さんの講座に参加された方々だった。ファンができたということだろう。和田さん自身が不登校やひきこもりの経験をされていることや生育歴や家族のことを赤裸々に語るのを、参加者は我がこととして聴いていたようだ。大変だったなぁ、よく頑張ってきたなぁ。お父さんも偉かったなぁ、私にもできるだろうかと。

 

 和田さんはバトミントンという得意分野を生かし、スポーツトレーナーになるまで、無給のボランティアを1年したそうだ。努力は報われることを証明するかのように、信頼を得て、子どもたちを指導したり、ケアしたりが整体師という仕事につながった。和田さん曰く、成長とは人のために努力できること。天国のお父さんも、和田さんの成長をたのもしく嬉しく見守っていることだろう。和田さんはクロスミントという競技の全日本選手でもある。こちらも応援したいですね。

キーワード

・ゆるめる

 私たちは無意識に緊張しているのだろう。心理的にも経済的にもストレスが大なり小なりあるからだ。意識して、この緊張をゆるめてやろう、フォーカシングや和田さんの方法、ゆる体操などとり入れて身心を労ってやろう。

・ゆるす

 和田さんはお寺の坊さんのようなことを言うね。ゆるめることの究極は「ゆるす」ことだと。こちらも無意識に許しがたいと怒ってみたり、いつまでも根にもって恨んでみたりと、そんなことを経験した人もいるだろう。「ゆるす」ことで緊張がゆるめられ、健康への道が開かれるということなんですね。

 

 講義の後で、それぞれが感想や近況を語り合い最後に代表の柴田さんが樋口恵子氏の本から、「楽しく生きるのが難しければ楽しげに生きる」ならできそうですね」と言ってましたね。楽しげにいきてみましょう。否定的な物言いもやめて肯定的に見て言葉を使いたいですね。足をひっぱらず、手を貸しましょう。ローバ(老婆)は一日してならず、ビスケット(微助けっ人)になろう、これらは樋口恵子さんの造語です。たまんなーい!

 

みんなで玉ねぎの収穫

 5/23は暑くもなく寒くもなくいい塩梅のお天気。農園には風が渡り気持ちがいい。大きく育った玉ねぎをスコンスコンと抜いていくのも気持ちがいいと思ったら「ハテ?」長い葉っぱをハサミで切っているSかあさんから大粒の涙。硫化アリルのイタズラだね。涙で洗い流せって信号なんだね。そうか! 悲しい時も涙で洗い流せばいいかも。生きる知恵だね。

 今回は若い人たちの参加も多く、総勢19名とネコちゃん2匹が大空のもとにのびのびしました。冷たい麦茶とつけものを用意してくれた高橋さん、「こじはんだよ」って五目寿司弁当を拵えてきてくれたNさん、ITOからの差し入れ、ごちそうさまでーす。Kちゃんがお菓子を少し持ってきましたと言っていたが、頃合いをみて自分から高橋さんの所へ持って行ったのはアッパレ。

 さて、大きな新玉ねぎ、何して食べようかな。食べるたぶに広々した農園やさわやかな風、みんなとのとりとめのない語り合いを思い出すだろう。毎年のことながら、道草の仲間たちに玉ねぎを育て楽しいひとときを提供してくれる高橋さんちには感謝のことばもありません。                                                                                                                                                      (飯田)

しゃべり場だより No.78

2024.4.21

新緑の野外コンサート

 4月20(土)13:00~太田運動公園でじ~こさん(我らが相談員)のステージがあるとのことで、マルシェやクレインサンダーズの試合を考えると駐車場の心配をしつつ、近くの友人の車に乗せてもらい早めに家を出た。

 昨日だったら黄砂が吹き荒れて大変だったが、今日は気持ちのいいお天気だ。キッチンカーには若い人が列を作っている。私たちは王鉄うなぎのお弁当にして涼しい木陰でモグモグ、昔話に花が咲く。さて、野外ステージはどこかな?ピコポン、ピコポン音がする。ステージにはオルガンを小さくしたような箱が4つならんでいた。チェンバロのようにもピアノのようにも聴こえる。トイピアノというそうだ。じーこさんの歌の前に来て、もうひとつ楽しい出会いができた。「タイプライター」という曲は卓上呼び鈴のチーンが入って面白かった。そして、初めての世界にどんどん引き込まれていった。

 

不完全だから安心なんだ

 トイピアノはピアニスト畑奉枝(はたともえ)さんが骨董市で見つけて演奏活動するようになったそうだ。『いつかの涙を光にかえて』という絵本を出版しているので感動のあまり購読した。ふるさと愛媛県で演奏活動するので実家でお父さんにトイピアノを聴いてもらったところ、2階からお兄さんが降りてきた。統合失調症で長いことひきこもっているお兄さんが、いきなり即興でトイピアノを弾き出したそうだ。子どもの時習ったことがあるとはいえ、情熱的なスゴイ曲、頭の中でどんどん曲が生まれてくると言って。

 トイピアノと出会って、お兄さんが変わっていったというより、お兄さんの中にあった「兄らしさ」が音楽に導かれて顔を出したということか。トイピアノは完全な音ではない所があり、それが持ち味かもしれない。お兄さんは「不完全な楽器だから安心して弾ける」と言っているそうだ。ほとんど会話をしたことがなかった兄妹が、音楽を通して密に交流するようになり、曲ができるとすぐ録音して畑さんに送ってくる、それを畑さんがステージで演奏する。これはお兄さんの社会参加だと畑さんは言う。

 お母さんが亡くなり、お父さんとお兄さんの淋しい暮らしの中に音楽が入ってきて、お父さんも変わっていった。80代のお父さんは、地域の精神障害者の家族会に入会した。「家族会に行っても、結局、病気が治ったり解決案があるとも思えないし、いてもしかたがない気がする」と言っていたお父さんが、いつしか家族会の存在に大きな支えを感じるようになっていった。そして、今では家族会の会長をひき受けて、80代半ばというのに忙しそうにしているとのこと。地獄のような日々を経て、このような光かがやく家族になったのは音楽(芸術)の力もあるだろう。しかし、畑さんとお兄さんの本気の向き合い方なくして得られなかったとある。本気とは?私たち道草の会員にも問われている気がした。

 

じ~こさん頑張れ

 春のまん中にいるようだ。おだやかな陽が降り注ぎ、木もれ日が美しい。

 じ~こさんはアンコールを含めて10曲くらい歌ってくれた。猫たちとの暮らし「君がいてくれてよかった」「缶ビール持って屋上へ」「答は風の中」など、おなじみの自作の歌とユーミンの歌をギターを演奏しながら歌う。あっちこっちが痛くって泣きたい気分も残っていたと思うが、ケガした頭部は帽子でカバー、赤いドレスに赤い靴、そして晴天を味方につけて気持ちを上げていく。歌うほどに弾くほどにじーこさんのテンションは上がっていった。音楽の力だ。聴く者は励まされたり癒されたりだが、ミュージシャン自身も内なるものに目覚めて躍動していくようだ。コンサートは久しぶりとのことだが、いいステージだった。相談員の仕事とシンガーソングライターと2足のワラジで行けばいい。すりきれたら履きかえるワラジを提供できるファンがいっぱいいる。花束いっぱいだった。道草のおっちゃんたちもITOの若者たちも応援にかけつけ、みんな元気をもらって帰っていった。                 (飯田)

しゃべり場だより No.76

2024.3.18

春には春の花が咲く

 庭の雪柳が強風にあおられている。ポキっと折れることもなく、しなやかな舞いを見るような美しさに、私も柔軟な生き方を見習いたいと思う。ボケの枝は切っても切っても花をつける。おちょぼ口をした紅の蕾が数えきれないほど。藪の中に入ると貝母百合がもうじき花ひらく。色味の少ない控えめな花だが、小さな百合の形が何とも素敵。

 

8050問題を解いてみよう

 親が80代になり、無業あるいは収入の少ない子が50代を迎えると、様々な困難が待ち受ける。微分積分の難問を解くのは無理でも、8050問題を理解し取り組ことは実践できるので可能だと思う。

 阿部さんがテキストを購入してくれた。一般社団法人OSDよりそいネットワークが出版した『我が家の8050ガイドブック~問題解消に向けて~』。これを元に代表の柴田さんがさらにわかりやすくまとめてくれました。例会の度に少しずつ皆で読んでみようと、3月からスタートしました。柴田さんはいい声で聞きやすい。第2章まで読んでくれました。ここで重要なのは<目の前に「道」は必ずある>と希望をもって取り組むことです。親亡き後の対策は、子の生活基盤の安定化を図るものですが、子の自立を諦めた結果ではなく、本人の自立を目指すものです。

・何が幸せかは、本人が決めること。

・焦らないこと、焦らせないこと。

<漠然としたお金に関する不安の「見える化」とその対策>

・現状を把握し、キャッシュフロー表を作る。

これを元に生活の見直しや対策をして、具体的にやれることをやってみる。

 来月は第3章「障害年金」について~国の制度の活用~を学びます。「またかよー」の声が聞こえます。「またです!」何度も学ぶうちに身につくものです。5月じゃ「親が認知症になったとき」これもリアルな学びになります。

 

ストレングス・アプローチ

 ひきこもっている人に、どんな応援をするか、私たち道草の会員たちは、WISAの横山泰三さんの考え方に早くから共鳴していましたから、できない事をできるようにするなんておこがましい支援ではなくて、その人の持っている強みに着目し応援していこうという姿勢でいたことは確かです。

我が家を顧みて、退職後帰郷し実家でひきこもるようになった息子は、内職をするようになり10年は越えます。事業所を変わってからもコンスタントにこなしているので、これはストレングスに違いない。親としては「這えば立て立てば歩め」欲が出て、彼のストレングスをさらに探していた。彼は高校生の頃、欲しかったパソコンを買ってもらい、うれしくてゲームばかりか、一太郎で小説を書いていたことを思い出した。PCを使って稼ぐのはありではないかと「WISA」や「めちゃこま」を提案しては却下されていた。それでも小遣い稼ぎとして身内の書いたものの活字化はやっていたので、データ化したものをネットで印刷会社に送るという方法で、少部数の冊子づくりをしてきた。いつしか口コミで旅行記、自分史、歌集などを請け負い、けっこう喜ばれてきた。コレは、彼の強みだと信じたのだが「二度とやらねぇぞ」だの「めんどくせーんだよ」と悪態をつく。悪態をついて元気になるなら、それでもいいと思ったが、本作りは親の私が面白いのだ。フツーの人が自分の思いを表現し、共感の輪を広げていくのはスバラシイと。私は営業担当、息子は実務者で、企業があまり歓迎しないような少部数の冊子製作は、金銭を得る以上のやりがいになるだろうと、私が勝手に思っていた。息子はまきこまれてやっているにすぎないのかもしれない。ワード入力多少早い。国語力が多少ある。これがストレングスだと思っていたが、表面的なストレングスだった。私は上から目線で彼を観察していたということになる。それじゃダメじゃんと気付いたのは、3月14日(木)のCCMの勉強会だった。上っつらのストレングスしか見ぬけない私をなさけなく思ったし、〝隠れた強み〟を発見できるよう、対話の素地を磨いていきたいと思った。彼自身がそのストレングスによって、楽しいとか幸せとかいう気持ちになるのが本当のストレングスってこと。わかっているようで、わからなかった。

<後日談>

 冊子製作に対し過分な謝礼をいただいた息子は「コレ、とっておいて」と私に5000円のピン札をくれた。もうやらねえぞと言いながらやりとげた、これも達成感というものか。そもそも感情でいちばん先に出るのが怒りだというから、感情が湧いてきたのかな?ああ、また今日も悪態をつく。「オメーは子育てに関心なかったろー」「オレが今こんなんはオメーのせいだ」・・・。彼は生まれてからの子育て期(親育ち期)はただ面白かった。私は楽しい思い出ばかりが目に浮かぶが、彼は面白くない思い出がよみがえってくるのか。その不本意な思いを親にぶつけているのかなと言葉にしてみた。                  (飯田)

しゃべり場だより No.76

2024.2.11

大雪警報でビックリ

 2月5~6日、大雪になると聞いて慌てて物置からビニールシートや雪かき道具を出して備えました。幸い家回りの除雪のみで道路状況は悪くなかったです。雪に慣れないこのあたりではテレビの情報に頼るだけで生存本能が働きません。

 そんな中で我が家は姉の出勤を心配して、家で内職している弟が夜のうちに姉の車が出やすいように(縦列駐車のため)移動してビニールシートを掛け、積もり始めた雪を掻いたようでした。「無事到着しました」の娘のメールには本当に安心しましたし、家族っていいなぁと思いました。たまにはキレたり爆発するけれど、何事かあれば互いに思いやれる、こんなうれしいことはありません。

 

交流分析ミニ講座

 2月例会の前半は「交流分析について」学びました。講師は、太田市社会支援課 伴走支援センター ひきこもり相談員の太田自子さん。

 交流分析とは、自他の交流パターンに着目することで人間関係の改善や自己実現に役立ち、自身の傾向を知ることで対人関係の問題解消やトラブル回避に役立つ。自我状態(思考・感情・行動・クセ・傾向)を診断することで自身の性格傾向がわかるというもの。

 この日は、まず交流分析の7つのジャンルから「自我状態」と「心理ゲーム」について教えてもらいました。P=親の考えや行動、感じ方を取り入れた部分 A=大人 ニュートラルな状態で冷静に分析に判断する C=子供 生まれたまんまふるまう この自分の内なるPACをさらに5つに分類すると、PはCP(厳しい親)とNP(優しい親)Aはそのまま現実的 CはFC(自由な子ども)とAC(従順な子ども)に分かれ5つとなる。この自我状態の特徴は良い面と悪い面があり、全部だれしも持っている。太田さんはドラえもんと仲間たちを例にとってわかりやすく説明してくれました。

 次はエゴグラムについて、7つのパターンの説明がありました。自分はどのパターンかと気付くことで、他者との関係改善に役立つというもの。

やったことがある人は少数だったので、時間のある時に実際にフォーマットを使って各自やってみると良いと思う。そして肝心なのは、どのパターンにあてはまったからと言って、それは〝今〟この時の自分の傾向であり、これからどう変わるか、自らどう変えるか自分次第で変化するということ。そのために気付くのはやはり大切だと思う。

 次に心理ゲームについて。これは、夫婦関係でも親子関係でも「あー、またやっちゃった」「ゲームにはまったナ」と不毛なやりとりを感じることがありますね。心理ゲームとは、繰り返して後味の悪いパターンになること。気付いたらやめましょう。「ところでさぁー」と話題を変えたり、「ちょっとトイレ」とその場を離れたりして仕切り直しを計る。それで一呼吸すれば自分が不快でなくなる。これは、とても参考になりますね。

 太田さんが交流分析から学んだこと

・自分で思う自分と他者から見た自分のズレを知った。

・偏りや特徴を知り、自己理解が深まった。他者もまたしかり。みんな違って当たり前。自己理解=他者理解 自己肯定=他者肯定

・エゴグラムの傾向を知った。意識して育てることによりバランスがとれ楽になった。

・ゲームに乗らない。気付いたら降りることで不快な思いをすることが減った。

・親の呪縛、負の遺産、価値観の刷り込みに気付くことができた。

 変えられるのは自分と未来だけ。過去と他人は変えられない。どう生きるか、すべて自分次第!! (了)

 

会話を続けたら思いが言葉になった

 口コミで冊子制作お仕事をいただき、息子は何冊か仕上げている。「二度とやらねぇ」と捨てゼリフを吐きながら。

 ボールペンやシャープペンの組み立てやシール張りの内職は10年以上日常的に続けているが、PCを使ってデータ化し、ネットで印刷。製本会社へ注文するやり方は在宅可能な働き方だし、少部数発行を希望する依頼主に喜ばれる。やりがいをあるだろうと親の私は勝手に思っていた。

 先日は、もう少し原稿を書き加えたいとの依頼主からの要望で、いったん中断して2ヶ月、いよいよ再開となるはずだったが「もう無理できない」と言う。体調不良が続いているようだし、食事中に夫が娘に度々仕事のことを尋ねるのが面白くないのかいろいろ想像してみるが何が地雷だったのかわからない。息子は足踏み体操の機械を地団駄を踏むようにかき鳴らした。なにを文句言っているのか聞きとれないが「無理!」だけわかった。「今日は依頼主と会うことになっているから、あなたの気持ちを伝えてくるね。落ちついたら話をしよう」と言って私は家を出た。依頼主には現状をあるがままに伝えて相手の判断に任せようと思った。息子がほんとうに無理なら別の人を探そう。地元の印刷所へ頭を下げに行ってもいいと腹をくくった。依頼主は高齢ではあるけれど、すぐ死ぬわけではないから待てるので息子さんにお願いしたいと言ってくれた。息子にはこれもあるがままに伝えた。

 息子は冷静になっていたので話し合おうと思った。肩こりはすごいし便秘がち、体調がわるいのはわかるので、翌日の内科受診で相談できるといいねとか、内職が忙しくてつらいのかそれなら少し休んで気分転換したらとか夕飯当番が負担なら無理しなくていいのよと私が言ったら、「そういうことじゃない、もう無理なんだ」という。生きることが無理と言いたいのか?なにもかも嫌になって、冊子づくりはさらに負担ということなのか、「そうなんだねえ。頑張っていたものね。つらい時は休んでほしいけど、どうやって休んだらいいかわからないんだね」などと私はしゃべっている。息子はフンとかスンしか言わないが、私に伝わった「無理!」という言葉は、体調が悪い、内職がキツイ、夕飯づくりが面倒という具体的なことではなくて、生活そのものの危機を「無理!」の一言にしたのではないか。

 かつての私なら、ドキドキして会話が続かなかった。大変だ、どうしよう、何か気の利いた事を言ってやりたいと焦りまくり、思いだけがからまわりして疲れ果てた。そんな時は息子の方も、母親が気の毒に思えて本音を語らなかっただろう。

 「そういうことじゃない。もう無理なんだ」というセリフは、だらだらの会話の延長にあった。斎藤環先生の〝会話から〟の言葉が頭をよぎる。山本泉先生の愛着の講義も思い出す。私は彼の思いを代弁してみた。「どうやって休んだらいいかわからないんだね」と言ってみた。返事はないが落ち着いていた。

 夜になって、息子は「追加の原稿を預かってきたの?」と言う。へぇー、やる気になったのかなと思いながら「体調のいい時やってね、でも、急ぐ必要がなくても、今やるしかないと思うのがあなたなのね」と原稿を渡した。しばらくすると「ちょっといい、来て」と呼ばれて2階に行くも。表紙もレイアウトしていて、タイトルの活字や大きさを二人で検討した。「後書きの件もあるので、この見本をみてもらいに行ってくるね。お疲れさま」と言って居間にもどった。

 無理と言いつつ結局仕上げに向かう。いったいコレは何なんだと思う。それでも、浅間山の噴火のように、時々爆発して心の中のマグマが外に出て心が軽くなるのなら、それもいいかもしれない。誰しも生きることは容易ではないが、それが言えて伝える相手がいる。受けとめる人がいる限り、生きていけるのではないだろうか。もしかして、私は彼から少し信頼されたのだろうか―なぁーんちゃって。

 反省として、冊子づくりを依頼されたら、安易に「いつでもいいから」なんていう言い方ではなくて、実務者の息子と時間をかけて彼がどうしたいか、言い分をよくよく聞くことにしようと思った。                                                             (飯田)

しゃべり場だより No.75

2024.1.4

あけましておめでとうございます

 今年は元旦から能登半島地震(マグニチュード7)や羽田空港滑走路の日航機と海保機の衝突事故と大変なニュースが飛びこんで驚きました。「お気を付けて!」「ご安全に!」などの言葉かけもリアルに感じます。

 世界を見れば、悲惨な戦争にまきこまれる人たちがたくさんいます。そうした世にありながら、ささやかでも我が事と同じように仲間の事を考え共に生きようと活動する「太田道草の会」の皆さんとの出会いは奇跡とも言えそうなご縁を感じます。今年が皆さんにとって少しでも安心と前進を感じとれる年となりますよう祈念いたします。

 

タマちゃんとキーちゃん

 高橋農園に住みついた2匹の猫に時々会いに行きます。娘と、息子と、3人いっしょの時もあります。キジトラのキーちゃんは初めは歯をみせて「シャー!」と威嚇していましたが、いつのまにか呼べばとことこやってくるようになりました。白黒のタマちゃんは元々人なつっこい子で、ごろんとおなかを見せたり擦り寄ってきます。

 我が家の人たちは人間より猫さんとのコミュニケーションがとれるようで、「高橋農園」は居場所の一つになりました。あたたかい日はお茶と小さな椅子を持ってネコカフェいかがでしょう。1月3日に行ったら、キーちゃんがギザ耳になっていました。不妊手術を済ませたんですね。今度はタマちゃんですが、高橋さんと「夕方エサおじさん」と有志の女性とでお金を出し合って手術ができるとのことです。ウチは申し訳ないですが0円カンパです。「そろそろ帰るよ。また来るね」と別れますが、タマちゃんは追いかけて来るので、農道を何回か行ったり来たりをくり返し別れを惜しんでくれます。これから寒くなりますが、猫好きな人に見守ってもらえるので大丈夫です。ごはんをしっかり食べて駆けまわっているせいか体は筋肉質でしっかりしているし、ビニールハウスで暖をとったり知恵もあります。猫なりに考えて生きのびようとしている姿に勇気をもらっています。

 

わが家のちょっとした変化

 暮れに信田さよ子さんの講演を聴いた成果かもしれません。「私は・・・」という言い方と、「ていねいな言い方」を心がけるようにしました。(今までは上州弁のインパクトで立ち向かっていましたが)。

 夫には「大きな声を出せば何でも思い通りになると思ってるんですか。私はひるみませんよ。わからないなりに努力してみて下さい」とお願いしました。あぁー言えた!私自身びっくりです。結婚以来、ちゃぶ台返しや大声をあげるパニック状態の夫を前に茫然自失の私でした。以来、そのトラウマに苦しんで、夫のペースに合わせてストレスを軽減していました。例えば夕食は5:40に食べられるように作るとか、対人関係は私がひきうけるとか、難しい事は前日までに予行練習をするとかです。

 信田さんのお話を聴いて、私自身が幸せにならなくては子の幸せはないということをようやく納得したのです。自己犠牲が必要な時が人生にはありますが、日常的になっては自分を見失います。

 今年は「私は○○」の言い方、ていねいで冷静な言い方を実践したいです。

 元旦は私の父の命日なので墓参り。帰り道に世良田の東照宮があるので初詣。

今まで、〝待てない〟という夫の特性から参拝の列に並んだことがないのですが、今年は私と娘と息子の三人は並びました。40分くらいでお参りの場所に着きました。夫はその間あちこち散歩していたようです。夫は待っていてくれました。大きな声で「帰る!」とも言わずに。こんなの初めてです。勇気をもって「私たちお参りします」と言えて実行したら成功したのです。

 その足で「健康長寿」のお守りを持って、母のいる老人ホームに行きました。妹家族と合流し、二人づつ母の部屋に入り「ばあちゃん、おめでとう」と新年を祝うことができました。コロナ禍の三年はガラス戸越しの面会でしたから、喜びもひとしおです。お守りは母の手で車椅子にぶらさげられました。

 私は2日から仕事始め(今年も週2のバイトです)娘は4日から出勤、息子は5日から内職屋さん通いがはじまります。家計のほとんどは夫の年金で賄われます。決して豊かではありませんが、ささやかでも家族そろってお正月の膳を囲み、初詣にも行けて、幸せだなぁと思います。生きずらい世にありながら、自分にできることをやっていくウチの家族、いいじゃん!と思います。家族会を立ちあげて10年、「ウチの家族いいじゃん」と思える新年が来たこと

代表の柴田昌子さんはじめ会員の皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。     (飯田)

しゃべり場だより No.74

2023.12.25

一年を振り返って

 まずは3月25日の横山泰三氏講演会「支援をしない支援」という支援にむけて、年明けから会場探し、いつも使わせてもらっている福祉会館はコロナ禍ゆえに少人数限定、あちこちの行政センターを見学したり打ち合わせに世話人一同動き回った。当日、太田学習文化センターにて定員80名セーフ講演内容の大らかさ、メタバース体験、ITOをはじめ太田市役所社会支援課の皆さま、アルカディア、かたくりの会などの社会資源を紹介でき大成功だったと思う。コロナで阻まれた講演会・交流会も徐々に復活し、柳田智先生にも再び太田に来てもらった。ITOは県の助成事業で色々な催しをする中で、家族会では整体師さん(経験者)から「心と身体を

整える講座」と、市役所担当者さんから「生活保護について学ぶ」に合流した。道草の会と手をつなぐ団体との交流ではCCMのカウンセリング入門講座、ひまわりの会主催「こころの病気」勉強会に参加したり、9月から始まったテレワークカフェ教養講座全9回に参加した。市議会傍聴(大川陽一議員)ひきこもり支援については参加者増だった。UXラウンジin伊勢崎では他市の関係者ともよい交流ができ、安中市での斎藤環先生と林恭子さんの講演会と対談、千葉市でのKHJ全国大会では「ひきこもり基本法」に向けて学ぶことが多かった。そして、家族会員の交流に一役買ってくれた高橋農園の収穫作業を忘れてはいけない。ブロッコリー狩り、玉ねぎ、ナスと広い農園と青い空の下で気持ちのいい時間を過ごせたことを感謝したい。そして

月一回のしゃべり場に足を運んでくれた仲間たちとホームページの管理と「しゃべり場だより」(今年はNo,63~No,74)の作成担当Sさん、イラスト担当のK子さんに感謝です。来る年も希望を持って、できることをコツコツやって、共に生き抜きましょう。

 

さよならエール・クリエイティブ

 太田市東本町(群銀西のみどり色のドア)の「エール・クリエイティブ」が2023年末での閉店とのことです。Wi-Fiの使える貸しスペースなので、文書編集教室(講師:大橋さん、青山さん)・遊々パソコン(講師:堀口さん)では道草の仲間たちがこちらでおせわになり、テレワークカフェでは素晴らしい方々と交流させてもらいました。駅からも近く電車で通えたのも便利でした。「まちなか図書館」でもあり「光とともに」全刊を読ませてもらいました。社長の藤枝さんには本当に感謝です。太田市からこうした居場所がなくなるのは残念でなりません。

  

12月24日(クリスマスイブ)は藤枝さんに感謝をこめてお別れ会が催されました。社会支援課のひきこもり相談員・太田さん(シンガーソングライター)のミニ・ライブでオープンです。まるで道草の会のために作られたような「心のベースキャンプ」はじめ4曲を歌い奏でてくれました。ユーチューブでは「君がいてくれてよかった」など聞いていたのですが、目の前のギターがジャン!!と鳴るのはいいものですね。ここは音環境も良いのがわかると、ほんとうにもったいない、残念でなりません。この先、エールのようなコアとなる居場所は出来るだろうか。「エール・クリエイティブ」ありがとう。藤枝さん、おせわになりました。新たな場所でご活躍下さい。                                                                                              (飯田

しゃべり場だより No.73

2023.11.23

高齢者の皆さん、街に出よう

 11月4日(土)~11月5日(日)、KHJ全国大会in千葉に道草の会のKさんと二人で参加した。大会テーマ「それぞれの人権が守られる社会に ~ひきこもり基本法はなぜ必要か~」基調講演は長くホームレス支援に携わる奥田知志氏(NPO法人抱撲理事長、東八幡キリスト教会牧師)、北九州市から飛んできてくれた。内容については後日レポートするとして、ここでは、70歳前後の高齢者二人の道中記をご笑覧ください。

 通院先の信大病院の他はコロナ禍の三年間ほとんど電車に乗らなかった。迷子や失くし物は想定内のぼんやりだから一人より二人というのは何と心強いことだろう。

 総武線乗り換えの時は反対方向に歩いていたが、人に聞けば、「アッチ→」と教えてくれる。 千葉駅に着いたら、全国大会のポスターを持った人があちこちにいて会場の文化センターまで導いてくれた。終了後が大変、ホテルまでどうやって行く?外は暗いしマップを見ても方向音痴だ。何人の人に尋ねたことか。地元の人らしい人も、居酒屋から一服しに外へ出たお兄さんも、ホテルの名を知らない人はスマホで調べてくれた。

 さて、翌日です。正午には会場を後にし、せっかくだから道草くって帰ろうと東京現代美術館をめざす。KHJジャーナルに紹介されていた『あ、共感じゃなくて。』展の最終日なのだ。総武線を錦糸町駅で降りて、路線をググると清澄白河へと出るが、ウロウロしてまた人に聞く。「あのバスに乗った方が歩く距離が少ないですよ」って教えてもらう。「運転手さん、最寄りのバス停はどこですか?」聞いたところが聞こえない、すると一番前に座っていた男性が「そこで降りるから教えるよ」って。さて、着きました。ここはディズニーランドかという長蛇の列。『デヴィッド・ホックニー展』こちらがメインではないか!コインロッカーも埋まっている。どうしようとウロウロ、するとカッコイイ若者が「あそこに1コ空いてます!」っててっぺんを指さして教えてくれた。助かった。身体障害者手帳がモノを言って、ささっと入口を通過、美術館は日常からワープできる最良の場所。既成概念から解放される。歩いているというより泳いでいるという感覚になり色彩の海に浮かんだりしていると時は過ぎていく。帰らなくっちゃ。あ、美術館前にバス停あるじゃん。「スカイツリー駅行き」だって。東武で帰れる、ラッキー。着きました。降りました。駅、ないじゃん、ないはずです。工事中で囲まれています。また、通りがかりの若いカップルに尋ねました。「東京はいつもどこかが工事中なんですよ。一緒に行きましょう」って付き添ってくれました。私はお兄さんと、Kさんはお姉さんとおしゃべりしながら。さあ駅ですよ。改札口無事通過、ホームへのエスカレーターもスイスイ。Kさんはお二人に「お幸せに~」ですって。お二人はエスカレーターの下から登っていく私たちをずっと見守ってくれていたとか。ありがたいから、ありがとう!この小旅行で私たちは何回ありがとう、ありがとうございますって言い続けたことだろう。

 二日目の分科会に早朝から訪ねてくれた友人とは固い握手をかわした。千葉市中央図書館で司書をしている彼女とは30年前通信教育のスクーリングで知り合ってからの友人だ。お互い違う分野ではあるけれど、心豊かな社会を耕すことにとりくんでいる。これから職場に向かう彼女の背中を見ながら、応援ありがとう、私もできることは頑張ろうって思った。

 みなさんも街へ出ませんか?たくさんの人に出会うと優しい人の方がだんぜん多いのを実感します。コロナ以前ですが、籠原駅の通路で、若者に「じゃま!!」と言われ追いぬかれた事があります。連結前に何を急ぐん?一瞬ムッとしましたが嫌な事はこれくらいのコロナ自粛で人に会えない寂しさを経て、人とのあたたかい交流を望むような時代の空気を感じました。助けられたり助けたりがあたり前、その方が気持ちいいし楽しいという流れの中で、私たち高齢者の家族会も社会を耕す一役を担っていると実感したのです。

 親子でひきこもってないで、まずは私たちが外へ出て、色々な人と出会い良い空気を持ち帰りたいですね。私も動けるうちと思って出かけています。                                (飯田)

 

11/4(土)~11/5(日)

 第17回KHJ全国大会IN千葉

 KHJ全国ひきこもり家族会連合会 実践研修会

 大会テーマ:それぞれの人権が守られる社会へ

 ~ひきこもり基本法はなぜ必要か~

 

藤岡清人理事長メッセージ

 これまで、ひきこもりは家族の問題として長らく放置されてきた日本社会が抱える課題ではないか。医師に相談しても本人を連れてこなければ…と門前払い。親の責任を問われたり、その都度親は疲弊し、支援を求めなくなった事例も多々ある。だれでもひきこもり得る社会では、今こそ家族に委ねるのではなく、家族支援をはじめとした当事者への対応が重要である。親が不安を語るのは家族が何とかしなければ誰も支援をしてくれないという危機感の裏返し、介護についても同様に家族に責任を負わせてきた歴史がある。

 令和5年6月14日「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立した。目的は認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持ってくらすことができるようにというもの。ひきこもりの人も同時に尊厳を保持しつつ希望をもって暮らすことは我々の願いで、「ひきこもり基本法」は必要である。

 共同代表の山本洋見氏も、未来へのドアを見つけ、ノックすることをためらわないでほしいと言っている。

 ひきこもり基本法はなせ必要か?制度のはざまに取りこぼされている人たちが「助けて」と声を上げるためにも、依って立つ法律がないと自治体は動けないのです。親亡き後も生き続ける権利を保障されるためにも必要です。「孤独・孤立対策推進法」は来春4月から施行されます。次はもう一歩進んで「ひきこもり基本法」が充実したものになるよう私たち当事者家族も一所懸命考え、できることをやっていきましょう。

 

基調講演:「ひとりにしない」という支援」

奥田知志氏

 奥田さんはTVドキュメンタリー番組でホームレス支援をしている人として良く知られているが、面と向かっての講演は初めて。助けてと言えない人に伴走しているが、なぜ助けて!と言えないか?絶望しているからだと。

<A子さんの事例>

 ものごころついた頃から辛酸をなめつくした少女は、生きているだけで偉い。生き直しを企った矢先の失意で8階建てのビルの4階から飛び降り自殺をはかる。大手術の末、からくも助かる。4階分「生きる」に動いた。そして「3割生きようと思う」と語る。理由は居場所となったところで、自分を慕ってなついてくれる兄弟に「悪い」と思って「残念ながら死ねんなぁ」と。

 今までの支援は縦の成長を促すもの、できないことをできるように、次のステップへ行けるようにというものだった。横の成長とは人とつながったり、生きのびていることを評価するもの。色々あっても人は横へ横へと成長することが縦の成長の前提である。

 

<支援の両輪>

1.課題解決を目指す解決型支援

2.つながり続けることを目指す伴走型支援

<ホームレスの人たちに伴走>

 ホームレスの人たちに夜8:00~翌1:00までに弁当を配り歩き話しかける。「屋根のある所に住みたければ手伝うよ」「仕事探しも手伝うよ」なんて話しかけていたら、「もう明日になっても目が覚めませんように」と祈る人たち。そういうことを10年続けていると、ある日「おまえの顔をたてて自立してやるわ」という人が出てきた。居住支援、生活保護申請とつき合い、やがて自立していく。しかし、今度は「自立しても、一人で死んでいくのは嫌だ、だれかに看取られたい、それができなければホームレスがいい」と。自立ができても孤立しているのでは意味がない。こことスタートに、「なかまの会」ができる。病気で入院すれば見舞に行く。死ねば仲間で葬式を出す。赤の他人が家族になる。衣食住が足りても、孤立しているのでは意味がない。つながり続けるのが、ほんとうの支援ではないか。

 

次にシンポジウム

「生き続けるための法制化」

~ひとりひとりの人権も守る法律へ~自分生きていていいんだ

 座長:藤江幹子(NPO法人KHJ千葉県なの花会理事長)

 シンポジスト

・澁澤茂(中核地域支援センター長生ひなた所長)

・林恭子(ひきこもりUX会議代表理事)

・池上正樹(KHJ全国ひきこもり家族会連合会副理事長)

・家族の立場から(NPO法人KHJ千葉県なの花会)

 コメンテーター

・奥田知志(NPO法人抱樸理事長)

・藤岡清人(KHJ全国ひきこもり家族会連合会理事長)

・厚生労働省 社会 援護局 地方福祉課

 

「中核地域生活支援センターの活動について」

~ひきこもりの方とのおつき合い~

 渋澤さんの中核支援センター事業はH16に策定された「千葉県地域支援計画」に基く千葉県単独の事業、こども、障がい者、高齢者などを含めた地域住民対象、24時間、365日体制で地域生活支援、相談、権利擁護といった地域総合コーディネート機能を担う、いわゆる千葉方式だ。

 運営は、毎年公募で選考された法人が千葉県と単独の委託契約を結び、委託費2200万~2700万、11カ所、常勤2名、非常勤2名の4名以上の職員が配置。県下13カ所。・制度を使えない人・制度ではできないこと(ひきこもりを含む)・制度では足りないこと・制度がつかえるまでのつなぎ・申請しない、できない人(車上生活の人、公園で生活する人など)への支援を行う。

 

<中核センターの強みと特徴>

・対象を限定しないで、入口で断らない

・権限を持たないので、関係性が勝負

・アウトリーチを重視する

・具体的な生活支援を行う

・個別の課題を地域の課題につなげる

 関係性のみで動いているので相談活動に枠がない。法律の対象になりにくいもの、グレーゾーンの方、家族間の問題、経済的な問題など、365日24時間をほぼ4人の職員がどうやるか、できっこないと思うだろうが、そこは連携の強さ、信頼の強さまで持って行ったのは、当事者や家族の思いを真ん中にして、みんな違うのがあたり前だから「討論」ではなく「対話」を。自分でできることは何か、足りないところはどう補うか、使えるものは○○でも使おう。中核センターの位置づけは隙間を埋めることであり、自説を主張することや批判からは何も生まれないと考えている。ひきこもり支援では、何をゴールとするか?ここでは、彼の方から連絡してくるのを1つのゴールととらえている。付き合う時に考えているのは、早合点しないこと、関わり続けることだ。

 

「ひきこもり基本法」に寄せて

~当事者の立場から~

 UX会議の林恭子さんは、誰のための法律か、親が安心したいためで当事者が何も知らされないのでは困る。何をもってひきこもりと選定するのかと「ぼそっとプロジェクト」では自分を支援の対象から外されてしまうのではないかと懸念があると。

 今まで法律がなかったので責任の所在があいまいだった。人権を守るため、法律で一本化されれば良いと思う。引き出し屋(ブラック支援)、ユーチューブ、説得などから当事者を守ることができるようになると良い。

 当事者はお金が一番ほしい。居場所へ行くための交通費がない。近くに居場所があるとは限らない。自己肯定感がボロボロになっている人が安心して人と出会える場所で、「生きてていいよー」思えることが就労よりも就学よりも大事だ。ひきこもりの人が幸せになるための法案を考えていけたらと思う。

 

 その他にシンポジウムでの発言メモでは、藤岡:基本法だから説明不十分なところがある。断らない相談とはいえ、今まではその先がなかった。課題はいろいろ、的確な支援は難しい。つながり続けるためのネットワークづくりが重要だ。林:誰のために法律を作ろうとしているのか自分たちぬきに進めないで欲しい。奥田:当事者という言い方は、ともするとオレ関係ないととらえかねない。みんな関わる「共事者」という言い方がある。釜ヶ崎や山谷の人たちも俺ら闘うぞって日比谷公園で日の丸弁当食べて法案賛成の声を上げている。〝国が責任をもつ〟というのを明確にするのが法律。居住に関しても、建設省、国交省だけではできない、生活がらみだから厚労省と共通の提案をして住宅つきの支援体制にする必要がある。親の立場として:ひきこもりを否定的にとらえているのが辛い。助けてもらっていいんだ、国が基本法を作ってくれたんだと、本人に伝わるといいと思う。親も気がラクになる。

 

 以上、シンポジウムでの私が聴こえる範囲、理解できる範囲のメモを元に記したので不完全で伝わらないもどかしさが残るがご容赦願いたい。二日目の分科会の報告はまたの機会にさせていただきたい。

 私たちは「助けて!」と言えるためのスキルアップを心がけていたが、逆に希望がもてる制度があれば、困っている人は「助けて!」が言えるのではないかという気付きを得られたのは収穫だった。ひきこもり基本法の制定にむけて注目していきたい。(飯田)

しゃべり場だより No.72

2023.10.20

キンモクセイの香

 散歩していると、どこからかキンモクセイの香が漂ってくる。なんて心の広い植物だろう。垣根の中に花も香りも納めてしまうような団地ではあるけれど、キンモクセイは垣根を越えて爽やかな季節の風を運んでくる。

 私たちの活動も垣根を越えて爽やかな風を運びたいなぁ。

 

柳田先生お疲れさまでした!

 9/30(土)は、さいたま教育文化研究所の教育相談室長の柳田智先生をお迎えしての講演と懇談会でした。

 テーマ:不登校・ひきこもっている方々に寄り添って

親の課題、子どもの課題

<講演内容>

1.ますます生きずらい世の中になってしまった。

生活が苦しいという実感が増す中で、ひきこもりの人146万人、不登校、DV、虐待、自殺者数は年々増えるばかり。

 

2.子供の生きずらさの大元、今日の学校

競争的な教育、平準化、平均化で型はめ、自己責任論で片付けている。子供たちは、「自分の本当の幸せは何か」を考える機会を与えられず、なにごともない風に装って暗闇にいるようだ。

 

3.そんな子供たちに対して、大人は何ができるか

 人間を丸ごと理解し、受け入れる

・価値観や規範意識から大人が自由になること。親も子も規範意識を捨てると楽になる。

・ありのままの姿を認めて「良い、悪い」という価値観を持たず受け入れる。

・人間の自立を本気で考え、実行

 まずは親の自立。子どもの自立は子供の課題。幸せは親が与えるものではなく、子どもが自分でみつけるもの。

・親の「心配」を配るのではなく、子の生きていく力を「信じて」子供自身の生き方に「任せる」。

・辛さや苦しさに共感しながら寄り添う。

対峙せず、隣に座って呼吸を合わせて聴くことに徹する。「いつでも聴くよ」「そうだね」「そうだったんだね」「それで」という具合に。下心があるとダメ。

・聴く力を信じて、鏡に映すように相手に返していく。

 

・親も失敗談などを含めて人生を語ることでこういう生き方もあるんだなぁとイメージすることができる。

・前に向かって動き出したら伴走する。実験するつもりで、先回りや誘導しない。

・「助けて」という声が聞こえたら、関係機関と相談しながら対応する。自立とは、依存先を増やすこと!

・ベクトルが前を向いたら、環境を整え、やりたいことを口にしたら、まず褒め、労い、混乱している時は、筋道をつけてあげる。うまくいかなくても「代替案」があること、簡単にあきらめなくてもいいと伝える。「決める」「実行する」のは本人。

「どんな時でもあなたの味方です」というオーラを出しつづける。

 そして、社会全体を考え、学び、闘いましょう、と結ばれました。

 

<懇談会> 皆さん本当によくしゃべりました。ほとんどの会員からお子さんの不登校体験が語られました。現在40代後半世代の不登校の頃は教師も学校も不登校の対応がわからなかったのでしょうが、学校へ何としても登校させるのを良しとして拉致寸前のお迎えもあり、恐怖におびえたのが想像できます。しかし、お子さんを命がけで守ろうと校長先生と話し合いを決行したお母さんもいました、学校は苦手でも、家業の手伝い、図書館通い、ライフワークを語り合う人生の先輩たちのサークルへの参加など。この家族なら、学校ばかりが学びの場所ではないと胸を張ることができます。ネガティブに考えがちの方は、このお母さんとのおつき合いをしてみませんか。「信じて任せて待つ」を実践している尊敬するお母さんです。

 次はラインやメールで感想を送って下さった方々の文章です。

☆こちらが傾聴に徹することで、相手が自分を理解することの手伝いになることは、大きな気づきを得た思いです。

☆「だぢづでど」ではなく「さしすせそ」の話し方を早速家族で実践しています。空気もかわってくるものと考えています。

☆ゲシュタルトの祈りに共感した。

ゲシュタルトの祈りとは心理学者パルーズの言葉。

 私は私のことをする。あなたはあなたのことをする。

 私はあなたの期待に添うために、この世に生きているのではない。

 あなたも私の期待に添うために、この世に生きているのではない。

 あなたはあなた、私は私

 もし、たまたま私たちが出会うことができれば、それはすばらしい。

 もし、出会うことがなくても、それはしかたないこと。

 この境地に至るには、物事をじっくり考えること。簡単に諦めるのとは違う。明らかにきわめること。仏教では真理をあきらかにすることだという。柳田先生おすすめの鷲田清一著「待つということ」「聴くことの力」を読んだのは何年前だろう。くり返し読むことで身体に浸みるのだ。図書館いって借りてこよう。柳田先生の話も何回も

聴いている。何回も聴いて何年も経て、あーそういうことって胸におちる瞬間がある。柳田先生、また、お願いします。学びつつ実践し、人生を深く味わって生きていきたいです。                            (飯田)

 

 太田道草の会員の動向(9月~10月)

9月6日 太田市議会傍聴(4名+支援者)

大川陽一議員「8050問題とひきこもり対策及び支援について」

 7日 道草の会定例会

 8日安中市講演会「不登校・ひきこもりの対話的支援」

 講師 斎藤環先生、対談者 林恭子さん(UX会議)(2名+相談員参加)

 16日テレワーク、カフェ教養講座(4名)

 24日       〃

 30日講演と懇談会「不登校・ひきこもっている方々に寄り添って」

         ―親の課題、子の課題―

           講師 柳田先生

10月12日 CCM勉強会「愛着の問題」(3名)

              講師 山本泉先生 於:綿打行政センター

 14日 ひきこもりVoice Station

     全国キャラバンin埼玉(1名)

 さいたまスーパーアリーナTOIRO

 28日 収穫作業(高橋農園で茄子の収穫 8名参加)

  〃 「こころの病気」勉強会(9名参加+支援者参加)

     テーマ:障がい者が地域で自立した社会生活を送るための支援について

                :太田市のひきこもり支援について

                 講師 太田市職員

 29日 テレワーク・カフェ教養講座(3名)

しゃべり場だより No.71

2023.9.6

親をおります

 親なんてやってられない、もう、やーめたって尻まくりたくなることないですか?親という字を分解すると”木の上に立って見る”ですね。我々高齢者が木の上に立ったら落ちて怪我をするだけです。

 いつまでも親という看板を掲げて活動していくのが重たく感じるようになりました。子にとっても、いい中年が”子”と意識的に言われるのは勘弁してくれという気持ちかもしれません。

 私は木の上に立って見まもる親はやめます。共に生きる者同士、同じ目線で考えてポツリポツリ語り合いながら暮らしていこうと思います。親という言葉に縛られて、負えない責任にうちひしがれているのは私らしくありません。わが家は老人と中年の人が助け合って暮らす家、今はこんな関係がラクです。8050問題を前に何を甘いこと言ってるの!とお𠮟りを受けるかもしれませんが、家族はそれぞれが出来ることをやり、出来ない事は補い合って、家事も家計も回していこうと思っています。一台の車を三人でシェアする我が家では、それだけでも話し合い主張したり譲歩が必要になり、収入が少なければ少ないなりに工夫する練習になります。家族が力を合わせて一人前、これも自助努力とゆるく捉えたら肩も凝らなくなりました。

 

家族会は大きな家族

 柴田代表と二人で「太田道草の会」を始めたのは2012年、いつの間にか10年が過ぎ、会員も増えました。「太田道草の会」を親の会と断定したことはありませんし、ホームページには「家族会」と表記しています。”親”と断定されることで

圧や縛りを感じるのは過敏反応でしょうか。ついでに言うなら、「ひきこもり」という呼称にも抵抗があります。使う人も自虐的で何だか小声で言っているように聞こえます。「ひきこもり」は状態を表す言葉でありながら、名詞あつかいはいかがなものかと思いますが、今や海外でも「HIKIKOMORI」として認知されていますからしかたないですね。あえて私は「ひきこもる人」というようにしています。全く私個人の見解ですが、ひきこもる人という丁寧な言い方をすると、日本人の一つの生き方、そのルーツに至るような奥ゆかしさとともに多少の矜持を感じるからです。

 「ひきこもり」という言葉は暗い自室に閉じこもって、バーチャルな世界とのみ交信しているというような画一的なイメージがありませんか?そうした人も一部にはいるでしょうが、146万人のひきこもる人の実態はもっと多様であろうと思います。ひきこもる人のイメージがニュートラルな位置に立てば、社会とつながるためのハードルが超えやすくなるのではないかと思うのです。

今も「ひきこもり」の暗いイメージに囚われて、一緒に暮らしていても、いないことにして息をひそめている人がいるかもしれません。こんな悲しいことってありますか?それは出来ない事や欠点のいくつかはあるでしょうが、働けないでいる事を我が家の恥だなんて思っている人がいまだに居るとしたら、いかに当事者理解が足りないと言っているようなものです。

 縁あって一緒に生活する同士、敬意をはらい、ひきこもる人もそうでない人も自分らしく生きる方法を考え実践し、失敗と修正をくり返しながら対等の関係を築いていけたらいいなと思います。家族会もまた、一人一人が主役の大きな家族だと思います。       (飯田)

しゃべり場だより No.70

2023.8.21

夏風邪ご用心

 寝ぐるしい夜が明けると、つかの間涼風が網戸から入ります。今日も容赦ない日射しが照りつけそうです。いつしかこの暑さにも順応して、こんがり焼けたおばさんが一丁上がりそうです。背中とおなかにぐっしょり汗をかくようになりました。若い時は汗をあまりかかず涼しい顔をしていました。よっぽど暑いとクーラーを点けますが、温度差アレルギーなのか、鼻水たらし、クシャミ連発となります。一応、葛根湯を飲んでおきます。皆さんも、おからだご自愛くださいね。

 

再び考える、自助・共助・公助

<自助> ひきこもる人の理解と応援のために、私たち家族は講演会や学習会で学んだことを日々実践しようと努力しています。本を読んだりカウンセリングを受けたりしながら、当事者のエネルギーが回復するのを腰をすえて待つこと、相手の心の声を聴くこと、タイミングをみて小さな刺激を与えることも、くり返しの学び無しに前に進むことはできません。働けない人の親亡き後のライフプランについても、何回も電卓をたたき、罫紙に書き込み、収入を増やす手立てを実行し、家計のリストラをすすめてきました。これこそ自助努力です。

<共助> 家族会こそ共助のたまものです。共感し合う仲間と時には愚痴とも世まい言もつかないような本音をぶちまけて語り合い、心の整理をしています。野菜を分け合ったり、電話やラインで、いつでも言い合い情報を共有します。一人ではできないけれど仲間とならできることを考え話し合った結果、3年前には市への要望書をまとめました(公助を期待して)。伴走支援センターが開設され、ひきこもり相談員の配置、そしてアウトリーチが実現したのはご承知のとおりです。共助を進める上で、次はピア・サポートに力を注ぎたいです。ひきこもる人とその家族に寄り添い理解し、カウンセリングマインドを身につけたピア(友)が、自分と相性の合いそうなひきこもりの人と家族をサポートできたらいいなと思います。一人の支援者がいくら優秀であっても多くの人を支えるのは大変なことです。パンクしてしまいますよ。一人が一人を支え続ける、それだって中々できないことですが、まずはそこをめざして、ピア・サポーターの輪が広がることを期待したいです。

 Mちゃん家族とは彼女が小学校1年生の頃からのおつき合いです。33歳になった彼女から今年もバースデープレゼントが届きました。Mちゃんを大切に思って成長を見守ってきた、ただそれだけですが、関係は逆転し看護師さんになった彼女から私は支えられる側になったかナと思うこの頃です。

 

 地域のおばさん、おじさん、お兄さん、お姉さんが、ご自分の家族以外に一人でもいい、生きづらさを抱えている人を大切に思って見守っていく、そうした人がたくさんいる社会はステキだと思います。ピア・サポーター養成講座を実現したいです。ボランティア団体がたくさんある太田市なら、きっとできると思います。

<公助> 私たちはもう充分悩み苦しみ、頑張って今があるのです。自己責任という言葉に縛られて世間を狭くするのではなく、社会を見渡す目を養い、自分たちが暮らしやすいと思う社会を創造していく荷い手になれないものでしょうか。困った時は「助けて」と言えて「よっしゃー」と応えられる制度を遺してやるのが一番の遺産ではないかと思います。

「公助」とは何かとグーグルにタッチしましたが教えてくれません。我が家の日本語大辞典(1989)にも載っていません。共助もありません(狂女はあります)自助はありました。自助は我が国の伝統芸なんですね。共助、公助を耳にしたのは菅前総理大臣の時ですから菅さんの造語なんですかね。でも、これから発売される辞書には載るかもしれません。つまり定義されてない共助も公助もどうやって根付かせ本物にしていくかは、今を生きる私たちにかかっているのです。さて、辞書に載るか死語になってしまうのか、希望を持ち続けます。

 公助について、山本耕平先生の著書『ひきこもりソーシャルワーク 生きる場と関係の創出』(かもがわ出版)が、とても参考になりました。最後のページの最終部を丸々書き写します。

・・・強調しますが、私たちは家族にその責任を課してしまっているひきこもり支援を、公的責任で進める支援へと変革する必要があります。深い苦しみのなかにある家族が、その苦しみから解き放たれるために、なにより必要なのは、ひきこもりがあっても、ひきこもりつつ育つことは可能とする制度や政策が整えられることではないでしょうか。

 その制度を創り上げるためには、社会のありようを考えなければなりません。私たちは私たちの子どもたちや孫たちが生きる社会がマイノリティを脱落させない、誰もが穏やかに生きることが可能となる社会に変革する必要があるのです。

 

 みんなの猛暑の日々をさらに暑くしちゃったかな。          (飯田)

しゃべり場だより No.69

2023.7.20

暑中御見舞申し上げます

 「あっちぃー!」言って涼しくなるわけではありませんが、これしか言いようがありません。40度近い日もあり、温暖化の進む地球に住んでいるのを実感します。

 高齢者の私たちは特に体調に気をつけて、無理はしないことです。救急車だって忙しいんですから少しでも世のため人のためになります。

 それでも月に一度、仲間たちの顔を見るとほっとします。例会に来られない時は代表や仲間に連絡してくれると安心です。家族会は長生きの会でもありたいです。

 

親子ゲンカで赤飯!?

 なんのことかって? 反抗期のなかった息子が46歳ではじめて父親に立ち向かったんです。画期的な出来ごとでしょう。

 あらましはこうです。79歳の呑んべえ父ちゃんがお酒の入っているタンブラーを今にもテーブルから落ちそうな所に置いたので、息子はもっと安全な所に置くように注意したのが発端です。父ちゃんは聞こえているのかいないのか完全無視。すると、「何回言ったらわかるんだ。いつもいつも知らばっくれて」と言うなり立ち上がった息子は父ちゃんを足蹴にしたんです。父ちゃんは驚き「親に向かって何するんだ~ゆるさねーぞ!」「なんで、そんな細かい事をいちいち言うんだ」なんでなんでのエンドレスは始まってしまった。

 「立てよ!」と、息子は闘うつもり。母ちゃんは男二人がとっくみ合いのケンカになるかと目をみはる。ケンカはシラフの時にやれ!と言ったって呑んでいることからエスカレートするんです。

 母親がバイトで夕飯時にいない日は、息子が父ちゃんの食事の世話をする。タンブラーをひっくる返したり、みそ汁をこぼしたり、食べながら眠ってしまったりのトーチャンの世話は大変。息子の気持ちはよくわかる。しかし、自分の世界に浸ってしまうと人の話が聞けない父ちゃんの特性、ぶっきちょで失敗が多いというのも特性。そういう人と半世紀以上いっしょに暮している妻としてはすっかり諦めの境地ですが、息子は諦めたくない、自分の努力は報われたいと思うのでしょう。団地中に響き渡るような大声で「なんで、なんで」をくり返すたびに「人の話を聞け!」をくり返す息子。エンドレスになりそうと思ったのか、息子はとうとう手をついて頭をさげた。「申し訳ない事をしました。二度としません」と言って、その場を離れました。

 父親への不満が高じると今までのパターンは自傷行為だった。それが今回は相手への抗撃になった。どちらも褒められた行為ではないが、生まれて初めて怒りを言葉で表明し、全身で立ち向かったのは画期的なことです。今まではボソボソ小声で言う批判や皮肉だった。子供の頃からどれだけ父と会話をしたかったことでしょう。山の絵をよく描いたのは、父親へのあこがれではなかったかと思います。いつか、本気で向き合いたかった、それがこの日だったのか。息子は家族が仲違いせず暮らしてほしいという思いを持ち続け、おばあちゃんと父ちゃん、母ちゃん、お姉ちゃんが安心して暮らせるように小さい頃から気をつかっていました。家族5人無事に外食できたときなど、安堵の涙を流していました。小学生がですよ。

 発達障害の人はもちろん生きづらさを抱えて大変です。自分のことで精一杯かもしれません。でも、一緒に暮らしている家族も苦しいサバイバーなんです。

 子供が親に手を挙げる(ウチは足!)なんて悪いに決まっていますが、息子は元気がでてきたんだなぁと、そんな見方をすると母親としってはうれしいいのです。だいぶ遅れてやってきた反抗期に赤飯で祝いたい気分です。

 

自律神経にアタック!

 ITO(若者居場所)のお誘いを受けて7月20日家族会の仲間たち(9名)も合流し、「心と身体を整える講座」に参加した。

 起立・礼・着席なんて号令があって、学校みたいと思ったら、立ち姿・背筋をのばすなどの一連の動きは、これから心身を整えますよー、集中しますよーという合図なんです。群馬県の教室では、起立の後に、注目ってのが入るんですよね。先生を敬うだけではなく心身を整える意味もあるんですね、調身・調息・調心という禅の基本にも通じます。

 さて、こちらの生徒たちは「耳鳴り」「めまい」「腰痛(すべり症)」「肩こり」「心痛」など、あらゆる不調をかかえています。お医者さんへ行けば色々な検査をしたあげく「なんでもないですよ、気のせい」きわめつけは「お年ですからねぇ」なんて言われて痛み止めをもらってくるのがせいぜいです。

 ところが、これらの痛みはほとんど自律神経の乱れからくるんですって。この日の講師和田宗士(整体師・スポーツトレーナー)さんが言ってました。実際に一人でできるトレーニングもやりました。盆の窪を「痛きもちいい」力で30秒押すと、第一頸椎がゆるめられて肩こりが緩和されるとのこと、やってみてね。そのほか、ふしぎな体験もしましたよ。家族会のとき、お土産話に花をさかせましょう。次回があるといいですね。長生きの友の会の最強のアイテムになりそう。

 こうした当事者が講師になって得意なことを高齢者に教えてくれるのはとても良いと思う。「ひきこもり大学」を超える活動になると思う。(飯田)

しゃべり場だより No.68

 

2023.6.19

玉ねぎ畑で深呼吸

 5/25(木)はTさんち畑で玉ねぎの収穫をさせてもらった。宝泉行政センターの駐車場に15時に集合、箱や籠を持ち三々五々畑へ向かう。五月の空の下、暑くも寒くもなく最高のお天気だ。葉っぱを持つとスコッと抜ける。やたらめったら抜きたくなるが、10人からの助けっ人だもの、たちまち終了。小高い所に腰をおろし、冷たい麦茶ときゅうりのおやつタイム。そよ風に吹かれ汗をぬぐう。笑い声とポリポリきゅうりを噛む音。

 Mさんが「いい気持ち!家に帰ったら、またうなだれちゃうんだけど」なんて言ったら「みんなそうだよ。同じだよ」ってNさんの共感メッセージ。Tさんが「かわいいKちゃん、みんなにおやつをくばってください」って言ったら、またもNさんが「かわいくないですが私も手伝います」だって。私もNさんのような優しいユーモアのある言葉かけができたらいいなって思った。

 さぁ、どっさり頂いた玉ねぎ何して食べよう? 玉ねぎステーキはSさんち、オニオングラタンスープに挑戦したKちゃん。うちはまずは生で食べました。

 6/1の例会でも玉ねぎ料理が話題になった。Mさんちの息子さんは天ぷらに、Aさんちはパスタにと若い人が料理にとりくんだそうだ。いい素材があれば意欲が勝手に湧いてくるのかも。自然の中でちょっぴり体を動かすだけで心が元気になったよう。百のお説教を聴くより、いい指南書を読むよりも。私はお話ができそうですよ。かこさとし「にんじん畑のパピプペポ」をパクッて「玉ねぎ畑のバビブベボ」。バ=婆さんのバ ビ=貧乏のビ ブ=ぶきっちょのブ ベ=ベッピンさんのベ ボ=ボクのボ さぁ、どんなお話になるかナ、できたらKちゃんに絵をつけてもらって絵本にしよう・・・・なーんて73歳でも夢をみるのよ。

 

自己理解と他者理解

 CCMの「生活に活かせるカウンセリング入門講座」は6月8日より始まった。太田講座20期ともなれば地元に根を張った活動である。親子とはいえ、もっとも近い他者である。自己理解・他者理解のカウンセリングの学びはひきこもる人を見守る道草の会員たちにとっても大切な学びになると思う。8月24日までの全6回、道草の会からはUさん夫妻と私、ペアトレでご一緒したIさん、ITOのOさん、その他講演会にきてくれた人もいて共に学べる安心感がある。

親たちの願望は、ひきこもる人を元気にしたいとか人とつながってほしい、将来のことを考えてほしい、親と話しをしてほしいなどではないですか。こうしたら良いという解答は簡単に出ないけれど、特性理解とひきこもり期のどの段階にいるのかの見極めした上で、かかわり方が見つかりそうだ。

CRAFTというひきこもりに特化した回復への学びもあるが、継続的な学びが必要だ。学びの終わり近くの段階になって「相談機関の利用を上手に勧める」に到達する。どういう方法であれ、カウンセリングの学びぬきに親の願いを叶えることは難しいと思う。

自己理解や他者理解が簡単にできるわけがない。長い人生の中でその人の考え方の癖に気付くだけでも、おいそれと認められないのが人間であるまいか。一歩一歩理解への歩みを始めるしかない。太田で人間関係や心のしくみを学ぼうとしたらCCMのカウンセリング入門講座を利用しない手はないと思う。ネックは12,000-の受講料ではないかな?1回にしたら2,000円、決して高額ではないが、それでも年金生活での出費はデカイ。悩みどころだ。

 

いい湯だな

 左側臀部が痛くて、坐骨神経痛かナ股関節かナとお尻をさすりながら出かけたのは尾島の温泉。正しい名称は「太田市尾島健康福祉増進センター「利根の湯」。コロナ厳重注意の頃は他市の人は利用できませんでしたが、6月からOKになったんですね。市内の70歳以上は3時間100円(私は障害者手帳での0円)、他市の人は年齢にかかわらず500円です。大広間の休憩は無料ですが、中広間(8畳和室)は1時間500円で借りられます。

 お風呂好きな人がいればご一緒したいです。車の空き具合にもよりますが、神経痛が治るまで時々温泉につかりに行きます。                                              (飯田

しゃべり場だより No.67

2023.5.26

空調がきかない中で

 5月例会は貸館の都合で第3木曜日になった。

5月とは信じがたい夏日となり汗をぬぐいながら4:30までダラダラとしゃべり合うが、誰ひとり帰らない。

 大会議室は掃除がゆきとどきピカピカだ。しかし音環境は最悪。難聴の人が建設に関わればフローリングに絨毯を敷こうとかブラインドじゃなくカーテンにしようとか壁は有孔ボードにしょうなんて提案があったかも。高齢社会では補聴器の人が増える。マイクを使えばいいという単純なことではない。3時間余、耳の不自由な人の聴く努力は半端ではない。

障害者に認定されれば手話通訳や要約筆記の恩恵が受けられるが、そこまでいかなくても不自由な人(グレーゾーン)はいる。ひきこもりの人と共通するところがあるね。福祉会館を貸りての家族会だから、そんなことも考えながら、制度にとらわれない福祉が実践できるよう話し合えるといいね。暑い中で長時間、よその家族の話に耳を傾けるのは、共感力をたよりに何か我が家むけのヒントはないかと必死なのではないかな。ひきこもり当初は3日に一度しか食事をしなかった青年が、1年したら1日1食だが朝の3時頃に食べているようだと喜ぶお母さんがいた。どんなに切ない思いをしていたか、食べるとこは生きること、生きようとしているんだと思えた時、どんなにうれしいか、それがわかる仲間たちだ。

 働かない(働けない)で親の世話になる本人の気持ちになったら、親に申し訳なくて顔を合わせたくないだろうし、いつも自己評価不安にさいなまれ、どんなに辛いかと思う。これは日本特有の「働かざる者食うべからず」文化のせいかと思う。講演会で横山泰三さんは、ラオスでは労働でお金を得ることより結婚しないことのほうが批判されるそうだ。一人で食事したら、みんなと食べるようにと叱られたとか。ひきこもることが問題になるのは日本だからかもしれない。広い視野でみれば、ちがった景色に見える。右肩下がりの日本は今までと違う価値観を持たないと行きづまるだろう。地球規模で生き方を考えてみよう。居場所ITOの青年たちの中で「お金をためてラオスに行こう」なんて声があがったようだ。

 

ミニ総会

 令和4年度事業報告と会計報告が代表の柴田さんからあった。昨年度は何といっても横山さんの講演会が開催できたことが一番に挙げられる。介護保険やライフプランなど我々世代の課題に向き合う学習もやり、しゃべり場は毎月開催できた。健全会計の会計報告だ。柴田代表におんぶにだっこ、縁の下の力持ちには感謝しかない。年会費2400円、例会費300円で今年度もやりくりしていこう。会費未納の人は大きな金額にならないように納入してください。

さぁ、今年も健康に気をつけて活動していこう。明日はTさんち畑で玉ねぎの収穫だ。五月の空の下、いい汗かきたいね。温泉ツアーで裸の付き合いをしたいなんて話もでたね。親たちも人生を少しでも楽しいものにしていこう。ひきこもる人に対しては、よーく観察して、どんな特性かを見極め、できる応援をしていこう。本気で「大丈夫!生きていこう」とメッセージを遺せるよう親も人生と取り組もう。疲れたり不安になったら、しゃべり場で吐き出してね。              (飯田)

しゃべり場だより No.66

2023.4.23

講演会の余韻に浸りつつ

Wisa(わかこく)の横山泰三さんをお招きしての講演会が終わったばかりの月例会。講演会に参加された方が3家族、さっそく家族会に入会してくれました。

 市役所からは、新しい社会支援課長の中村さんはじめ大槻補佐、自立支援の草場さん、相談員の太田さんから、それぞれご挨拶をいただき、にぎやかな例会となりました。

講演会の2部で「どうしたら、当事者をwisaのような自助グループや支援機関につなげられますか?」と質問されたIさんに対して講師は「親がまず家族会につながって!」と助言されていました。こうすれば良いという模範解答はなく、ハウツーはないのです。

新入会の親御さんは、すでに「ひきこもり」の理解のために色々な学びをされています。つまり頭ではわかっている方々です。タイミングをみて小さな刺激をする所謂「啐啄の機」(ヒナと親鳥が内側と外側からつつくタイミングが一致することで、殻が破れて中からヒナ鳥が生まれ出てくる)もご存知でしょう。心のエネルギータンクが満たされなくては一歩も出られないということも。ゴールをめざして、うれしい・楽しい・おいしいというプラスのポイントシールを1コ1コ張っていくような日常の積み重ねの必要なことも、そういった全ての応援をしていく覚悟もきまっていることしょう。一発逆転はありえません。しかし、そのモチベーションをどうやって維持していくのか?親は、人間はそんなに強い生き物なのか?いやいや、「あぁ、もうダメだ、疲れたよぉー」という心の声が聞こえるときはないでしょうか。子を信じて任せて待つというのも孤独な仕事と思う瞬間はありませんか?そこで、家族会の集いに救われる事があるのです。

 人の失敗談を聴くと。なぜだかホッとします。人間臭さが漂うからでしょうか。「しゃべり場」での失敗談、やっちまった!という発言に妙に共感します。あら、私もって。それを笑いとばして、軌道にもどす作業を繰り返すうちに体力がついてくるんです。そういう私も、代表の柴田さんはじめ安心して心の内をさらけ出してしゃべれる仲間に支えられて今があるわけです。息子がひきこもりがちの生活を送っているのは事実です。だからって、彼が精一杯に社会と格闘してきた結果だとすれば、世間に対して一点の恥じる気持ちはありません。一人の人間として凛として立つことができるのも仲間あってこそ、孤独感がないからだと思います。

(飯田)

しゃべり場だより No.65

2023.3.26

みんなでブロッコリー狩り!

会員のTさんちのお誘いを受けて、3月10日ブロッコリー畑に集合した。それぞれ鎌や籠を持って晴れ渡る空の下、最終刈り取りのブロッコリーを取りまくる。たちまち籠いっぱいになるが、Tさんママに「こんな黄色くなったのはダメ!」とポイポイ捨てられる。青々したバオバブの木みたいに丸いのを収穫すると今度はベタ褒めされる。あっちへ行ったりこっちへ来たり、おしゃべりしたり腰とんとんしたりとハイキングみたい。空気はおいしいし、料理したらどんなにおいしいかと想像するのも楽しい。Tさんちの畑は、何ちゃら微生物農法といって農薬を使わず、肥料も手作りで安心なのだぁー!(バリバラ風?!)作業の後は、ちょっと高台になっている所でティータイム。冷たいキュウリの美味しいこと。Tさんちの皆さん、ありがとう!!

この日のためにTママが作った「ブロッコリー狩り」の案内チラシが楽しいので、しゃべり場だよりがまた冊子化できたら、絶対掲載したいです。

 

待ちに待ってた講演会

 大きな講演会をするのは平成28年、「どりぃむスイッチ」の中村友紀さんを招いて以来です。令和元年に実は横山さんの講演が実現するはずでしたが残念ながら横山さんの体は一つしかありません。涙をのんだのでした。ちょうど台風19号で太田市も田んぼが水に浸ったばかりか床上浸水など大変な被害があった頃です、しゃべり場だよりNo,31の末文にこんなことを書いています。道草の夢も頓挫したが「・・・ひきこもる人や家族に希望を届けることをあきらめるつもりはない。元気を出して、ともに生き抜こう。私たちは、ただ刈り取りを待つ稲ではないのだから」と。

 あれから4年半。コロナウイルスに阻まれ集会の自由を奪われはしましたが、令和5年3月25日ようやく開催の運びとなりました、この間2回、横山さんは太田市テレワーク推進協議会にみえるたび道草の会に声がけしてくれました。講演会の実現までの年月は、私たち一人一人に主体性を育む期間であったかと思います。テレ協の大橋さんや青山さんのご指導で「文章校正教室」がはじまり、続いて太田市IT市民ネットワークの堀口理事長のご指導で「遊々パソコン教室」もスタートしました。少人数のメンバーですが、いつも見守って下さる方々にはお礼の言葉もありません。仲間たちと詩集や冊子を製作したのも横山さんの期待に応えたかったのです。

 横山さん私たちに容赦なく論文を送ってきます。田舎のおばちゃんを馬鹿にしていないのです。目線を同じにして正面からドーンと、これには逃げられません。講演会前には、岡村理論に基づく福祉論です。論文特有の書き方なので正直難解で頭が痛くなりますが、何回も繰り返し読みました。広い視野に立ちつつも現実をしっかり調査し私たちが幸せに暮らすことをやろう。なぁんてところかな。できるかな。やれると思うこと1コ1コやっていこう。若い先生についていくって、長生きできそうですよ。

「支援をしない」という支援

講演を聴いている間、目からウロコがポロポロ落ちる。コミュニケーション能力がいらない ステ極振り(特化した専門能力を持つ)すべてのモノサシをひっくり返す「違い」を価値に変える。自分たちの問題を解決するのではなくて、社会を改善→変えていく活動方針へ転換 相談から入らない→しゃべらないコミュニケーションの仕方を学ぶ、とらわれ・こだわり→ときはなち 自分の中の「自然」を信じることの大切さ 「支援をする」のではなくて「友だち」になろうよ。―なーんてメモってあるが、講演会に参加した人は何回でも資料を読み返してください。資料が欲しい人は、じゃんじゃんコピーしますから申し出てください。wisa版「ひきこもり生存戦略」も欲しい方いませんか?横山さんをたくさんの人に紹介できて本当によかったです。wisa(国際わかもの支援協会)につながる人もいるでしょう。

 2部の対話の時間も会場がうちとけた空間になり、暖かくて参加者の皆さんが次々と心の鎧を脱いでいくのがわかりました。

 責任感の強い横山さんが太田市での講演会を終えて一番ほっとしているかもしれません。ひきこもりを経験した人は誠実で優しい人が多いです。横山さんも例外ではありません。よく、お礼の言葉もありませんと締めくくりますが、お礼の言葉も色々探してみました。このあたり(太田市近辺)で使っていた古式豊かな表現はないかと。ネイティブ上州弁を祖母さまから教えられ研究もしているSじいに尋ねたところ、「わりねぇー(悪いね)が一般的ですが、明治、大正期「ありがとがんす」という「がんす」言葉が最上級の敬意を払う言葉だったという。そこで、懇親会の終わりに横山さんの席に「ありがとがんす」とホワイトチョコレートで書いたサプライズのミニケーキがちょこんと載ったのでした。          (飯田)

しゃべり場だより No.64

2023.2.10

「早春賦」を歌いたい

  立春の頃になると、春は名のみの風の寒さや…と口ずさむのが習いだ。20年以上前になるが地域のお年寄りと「歌声サークル」でもよく歌っていた。みんなで歌えば怖くない。悪声の人、音痴の人こそ大歓迎なんて呼びかけたらいっぱい来てくれた。かじかんだ顔も歌って帰る頃には柔和な表情になっていたから歌ったり笑ったりの効果はスゴイと思った。道草の仲間たちとも歌いたいなぁ。

 

夫の悪口大会

 1月26日の例会では夫の悪口大会と化して愚痴りあった。ウチのジーサマ(夫)は穏やかになったのはありがたいが、食事中に眠ってしまったり、失敗も増えてローカを超スピードで走っている。バーサマ(私)も競争で走っているかもしれないが、本人のいない所で悪口を言うのは何て楽しいことだろう。なんでこんなに笑えるんだろう。現実問題として会員の中には夫の介護で例会に来られない人もいる。私たちもいつ介護問題が発生するかわからない。そうした時、愚痴や弱音を吐く場所があるのは何て心が休まることか。家族会も居場所なんだね。

 

私たちのピア・サポーター

 NさんはITOにむかう前に家族会に寄ってくれる。「Aさん元気?」「Bさん息子さんの暴言まだ続いてる?」「Cさん大丈夫?」一人一人の名前を覚えてくれて声掛けしてくれる。その一声がスゴくうれしい。背の高い彼は腰をかがめて視線を同じにして話しかける。ひきこもりの支援は家族まるごとの支援だって理解してるんだね。親が元気に明るい気持ちになれば、ひきこもる人の気持ちがラクになる。エネルギーが貯まっていく。道草の会には、こんなサポーターがいるんです。先ほどのローカを走るのはダメージではあるけれど、ひきこもっている人には活躍の場が増えているのはウチだけではないと思う。家の修繕の事など夫より息子と相談することが多くなった。なにしろハウスキーパーと呼びたいほど家の事を熟知している。「助かるよ」「ありがとう」の言葉が自然と出てくる。これからは世代交代を意識して若い人に助けてもらおう。Nさんを見て、そんなことを思った。

 

UXラウンジin伊勢崎 2/2(木)

 太田道草の会からは5人が参加。UXラウンジは5人の当事者会だが、今回は林恭子さんは見えなかった。ケガをして松葉杖の恩田さんや川初さんらが元気にラウンジを回してくれた。前半はひきこもり経験者のすみれさんのお話。小さなうまくいかない事の積み重ねが続き外に出られない状態になった。引っ越し、家族5人のちょっとしたすれちがい、母親と姉の衝突を朝から見てビクビクしていたことなど。生きずらさは小さい頃から感じていて、集団行動が苦手。マンガを描いていたらオタク(マイナーな感じで)とみられ、高校では真逆の自分を演じていた。高校を中退して定時制高校へ。ここは制服がなくて私服だったのがよかった。やりたい事が見つかり関西の大学へ進学。入学したもののアトピーが悪化したり入浴できない等の状態になりひきこもる。29歳のときようやく抜けだせた。それはUX女子会に行ったことが転機になった。共感が力になったし居場所が原動力になった。現在は一人暮らしで週3で働いている、アート作品を制作しているが、いろんな手段で自分を表現することが生きずらさを和らげるのではないかと。人と仲良くしなくてはいけないというプレッシャーがあったが、お互い適切な距離感をとれるようになった。母親がサークルに入ったことはいい変化になった。当事者は、こんなこと言ったら責められるのではないかと感じていたり、言語化することが難しいが、人の話を聞くことで整理ができるようになると言っていた。

後半は小グループに分かれて対話交流を行った。当事者会、女子会、つながる待合室と三つの部屋に分かれ話し合った。(非交流スペースもあって、疲れた時の休憩ができる)私のテーブルには、重度の発達障害の子を支えるお母さんがいて、とても疲れている印象だった。母親以外に信頼できるヘルパーさんが自宅に来てくれたり支援場所に行けたら、どんなに助かるだろう、安心できるだろうと思った。この日は県のこころのセンターや市町村の福祉担当者や養護教諭も参加されていた。どうか、このお母さんを一人ぼっちにしないでチームを組んで助けてくれないだろうか、勇気を出してここまで来た人に応えてほしいと思った。

 

第30回埼玉・協同して子育てをすすめる交流会 2/4(土)浦和 に参加

虐待が残した心の傷跡~そっと寄り添い共に歩む~

 お話:高橋亜美さん(アフターケア支援ゆずりは代表)

2020 NHK プロフェッショナルで紹介されたので観た方もいるでしょう。虐待を受けた人々のアフターケアのエキスパートです。テーマは「安心と楽しいを一緒に」です。出生率1,42と先進国では最低レベルの日本。子供の貧困率は13,5%、子ども7人に1人が相対的貧困状態。ひとり親の貧困率は50%で、そのうち85%が母子世帯、ひとり親の平均年収は181万円、シングルマザー家庭への養育費不払い8割という社会構造をまず頭に入れておく必要がある。女性への支援が進んでいかないと子供の貧困は解決しない-そういう背景があっての虐待ということ。

2020、児童虐待相談件数205029件のうち、措置支援は5%、約95%は自宅に戻り継続的指導ということだが、何もできていないことを意味する。施設や里親の元で暮らすことは子どもが自ら選んだことではない。措置された5%の子どもたち45000人は親、家族と離れ、誰ひとり知っている人がいない環境(児童養護施設、里親)で新しい生活が始まる。命を守るため、生きるため、最後の手段として、これしか選択肢がない。

 虐待を受けた子は被害者なのに自分をせめる。「悪い子だから殴られて当然」「僕なんか 私なんか」「存在している価値がない」「親に捨てられた僕なんか死んだ方がまし」など、いつも否定されていると自分を責めるようになり、自分が変われたら愛されるのではないかと思ったりする。

事例1)自立援助ホームで出会ったA君について

A君はシングルマザーの家庭で育った。母親は二人がやっと暮らせるだけの賃金で一生懸命に働き、懸命に育てた(しつけた)が、母親は孤立していた。A君は14歳で養護施設へ、その後少年院へ。自分は母親に捨てられたという悲しみを怒りにすることで生きてきた。強さを誇示しないとやっていけないという面がある。高橋さんがA君と話していると、必ずお母さんの話になる。「見つけたら殺してやる」と言いながら涙をためていた。嘘つき!と言われて育ったが、ちがう人の口になったような気がして嘘をつくことをやめられなかった。家族3人でアメリカ旅行に行ったなんて、ありえない事であったが、その妄想を真実であると思い込み、唯一の幸せの記憶として抱いていたが、A君は父親を知らないし旅行さえ行ったことがないと母親に言われ、唯一の寄りどころを失う。お母さんになぐられ腫れあがった顔を見て先生には気付いてほしかった。なぐられたなんて自分からは言えなかった。心の中で「先生。助けて!」と叫んでいた。でも、口から出るのは嘘ばかりで先生から叱られる。自分を大切にしてくれるはずの親から、日常的に暴力暴言を受けることから逃げるために嘘をつく。さびしかった。嘘をつきたくなかった。

それからは、他者への攻撃や自分を痛めつけるなどして固く心を閉ざし無感覚であろうとした。これらは生きるために必要な術ではなかったか―<ありのままの自分を受け入れ、寄り添い共に生きくれる存在>があってこそ心が育まれる。

 「助けて」なんて簡単に言えない。相談することが難しい。「助けて」と言えるのは、安心安全を知っているからであって、苦しいというスイッチが入らないのはオフにしているから。危機的状況に鈍感であり、自分に厳しく甘えてはいけないと思っている。そして「自立」という言葉に苦しめられてきた。自立とはプレッシャーでしかない。高橋さんはA君に「困った時に、誰かに頼っていいというのが自立って言うんだよ」と伝える。

 

事例2)性産業で働く人に対して、そんな仕事をしないで生活保護受給を考えようと導く人がいるが、そういう人に「あなた、お金出せますか?」と言うと「出せない」という。金を出せなのなら口も出すなと言いたいと。その人自らが今の仕事をやめたいと言った時に相談にのる。条件つきの支援だと、困っている人は福祉に相談しなくなる。

〇自立するために何ができるかではなく孤立しないためにできることを考える。

〇困った状況にある人が安心して相談ができ抱えさせられた問題に一緒に向きあう伴走支援をする

 「ゆずりは」で大切にしていること

        ↓

「安心」「正直」「ありがとう」「楽しい」

・相談者の方への心からの敬意と感謝

 生きてきてくれてありがとう

 相談してくれてありがとう

・安全より安心

・仲間への尊重、敬意、感謝

・多様な機関との連携 face to face

・教育、指導ではなく 理解と寄り添い

・「正しい」「あなたのため」の押し売りをしない

・自分の価値観から自由になる

・丁寧に、具体的に、迅速に

・何度でも、大丈夫

・ユーモア

・セルフケア

 

 虐待を受けた人のアフターケア支援をしている高橋さんの「そっと寄り添い共に歩む」という姿勢は、ひきこもる人と共に歩む覚悟をした私たち家族会にとっても気持ちは同じだ。自立するために何ができるかではなく、孤立しないために出来ることが重要ということも共通認識だ。苦しい、悲しいというマイナーな感情を含めて、どんな感情も大切ということもわかった。子どもたちが健やかに生きていくためには、大人たちも健やかであることが基本だから、自分自身の心の声を聴く、セルフケアが必要。そのために、苦しい、しんどいと言える場所が家庭であり居場所であり、家族会のしゃべり場も心から安らぐ場所にしていきたいものだ。

 ひきこもる人の中には感情がわいてこない、どうしていいかわからないというガス欠状態で困っている人もいることだろう。「ゆずりは」の高橋さんのように、そっと寄り添い、共に歩む姿勢を再確認し「大丈夫だよ、いっしょに歩いていこう」と安心の声を届けていきたいと思う。太田道草の会からも。                                                              (飯田)

 

 

しゃべり場だより No.63

2023.1.16

新年だよ!ぴょん

笑う門には福来る―笑顔で新年をスタートしましょう。今年はうさぎ年ですね。うさぎはピョンピョン跳ねて移動しますが、高齢の私たちが真似をしたら膝を壊します。ヒトはアウストラロピテクスの昔から二足歩行なんです。(赤ちゃんはハイハイ、老人は杖を加えて3足歩行にもなりますが)。そして、我ら道草の仲間たちはボチボチ歩行とでもいいましょうか。昨年、太田市瑞岩寺に講演に見えた五木寛之さんは、「上を向いて歩こう」なんて昭和の歌がありましたが、これからは下を向いて歩きましょう。転ぶと危ないですからね」なんて冗談を言ってました。

下り坂社会を上手に歩くのは、あんがいボチボチ歩行が安全かもしれません。

ひきこもるという生き方は、効率優先の新自由主義の抑止力となって、ブラック企業や画一的な教育現場を見直して、支え合いフォローしあう社会を創造する。その胎動ではないかと思うこのごろです。そんなことを考えながらボチボチ歩いて行きたいです。

 

市長 よくぞ書いてくれました!

 私は広報太田「こんにちは市長です」の愛読者の一人です。1月15日号には、市長が5歳の時、敗戦で帰還したお父さんを太田駅に迎えに行った時のことが書かれていました。市長のお父さんは物理の先生で、私も教え子の一人です。物理の授業か文学講座かわからない面白い授業で試験用紙の裏面には高村光太郎の詩について自由に書いて良しとかいうこともあり、テニス部でラケットをふっていたり美術部展に水彩画を寄せたり、恐妻家を自認したり、自由の気風をまとい、兵隊さんだったなんて信じられない思いです。下手な解説をするより、広報(NO.594)から後部を書き写しますね。

▼私が生まれた時、父は戦場にいた。ニューギニアまで追われて捕虜になった。東武太田駅で父に初めて会ったのは5歳。駆け寄ってだきしめるというドラマのシーンがあるが、そんな感動的な出会いではなかった。マラリアでむくんだ顔を見て目を伏せた。

戦後、大光院や太田駅の前で傷痍軍人がいた。ハーモニカで「故郷の空」などを吹いていた。

涙がこぼれた。防衛費を増やすより肝心なのは中国との外交。増税より一点集中の中国外交が必要ではないか(12/26記)

 

  戦争を肌でしっている人がどんどんいなくなります。戦争になったら自由を奪われ、残酷なことを厭わなくなるでしょう。平和ボケの私たちは戦争体験者の生の声をしっかり聞いておく必要があります。どうしたら平和を維持していけるか学ぶ時です。加藤陽子先生の本で知りましたが、太平洋戦争前夜、中国にはすごい外交官「胡適」という人がいました。日中戦争は泥沼化し苦しいところだが少し辛抱すればアメリカが参戦し日本は痛手を被るに違いないと予測していた。現代も胡適に匹敵する知識人がいることでしょう。自国を守るのは武力だけではないと証明しています。日本人よ賢明であれと言いたい。格差社会の不平不満を言っている間に、巡りついた所が戦場だなんてことにならないように。戦時中の生き証人から聞きとりして文字起こし、校正、冊子づくりなど、道草の会のみんなの力を結集したら実現可能に思います。平和を維持するために、今私たちに出来ることは何かと考えたら、こんなことかと思いました。増税に泣いているだけでいいんですか?

やってみませんか?                                                                                                  (飯田)

しゃべり場だより No.62

2022.12.1

1年という時の流れの中で

今年最後の「しゃべり場だより」です。1年が過ぎるのが年々早く感じます。

この1年の会の活動をふりかえってみると、私たち高齢者のこれからに備える「介護保険等の学習会」「働けない子と生きるサバイバル・ライフプランの学習会」などの学びを取り入れながら、毎月「しゃべり場」を開催できたのは、コロナ禍にあっては「やったネ!」の感があります。

お子さんたちも少なからず変化(動き)があったことでしょう。

・居場所に行くようになった。

・カウンセリングに通うようになった。

・バイクで出掛けた形跡がある。

・来客の対応ができ、家族へ知らせることができた。

・犬のために庭になにやら作っている。

・配送のバイトを増やした。

・再び受診するようになった。・・・など。

1年という時薬(ときぐすり)は、じんわり作用するようですね。それも、安心安全の環境を整え、上手な対応を心がけたお父さん、お母さん、家族の見守りあればこそ。親は脇役に徹し、頑張らないという頑張り方ができたんですね。叱咤激励を止めて、聴き上手になり、肯定的に短い言葉で「そう、そうなの」と受け止めて、ひきこもる人が生き抜くためにできることを応援しようと腹をくくったんですね。私たちにできること、していきたいことは、ひきこもる人への偏見をとっぱらうために社会を耕していくこと。幸せの種子を蒔いたら芽を出せるような土壌を作ること。生きづらい世を少しでも生きやすくして、命のバトンを渡したいと思うこの頃です。

 

ただ今、講演会の準備中

 一度頓挫したものの諦めきれない横山泰三さんの講演会です。以心伝心というか、この思いは講師の横山さんも同じだったようで、いよいよ年度末の3月25日(土)開催の運びとなりました。まずは会場探しです。いつも借りている福祉会館大会議室は、ソーシャルディスタンスってことで40名しか入れません。社教センターは工事中、九合行政センターは市の行事が組まれていてアウト、そしてようやく太田学習文化センター第1研修室(80人定員)に辿りつきました。日程など細かい打ち合わせはすべて阿部さんがラオスで仕事している横山さんとメールで連絡してくれています。浦野さんは市や社協へ共催・後援などの交渉に当たってくれています。柴田さんの抜群の調整力と私の共感力(いいかげんさ)も加わって、何と頼もしい世話人たちではありませんか。これからチラシも出来上がってくるでしょう。会員の皆さん、横山さんの講演を一人でも多くの人に聴いてもらい、ひきこもる人に希望を届けたいですね。チラシ配り、みんなで頑張りましょうね。

  演題は「支援をしない」という支援 ―ラオスから考える日本の「ひきこもり問題」―

いいね、すごくいい!支援という言葉は受ける例からするとちょっと卑屈にならないかな?「支援をしない」支援とは、見下される感じがしない。双方で持てる力を出し合おうとでも言ってるようなニュアンスです。世界から見たら、日本のひきこもりって、どう見えるのだろう。ラオスの貧しい少数民族と日本のひきこもる人、双方弱者と思われているけれど、横山さんはどんな可能性を見出したのだろう。

あぁ、待ち遠しいなぁ。横山さんは哲学者で、京都大学で博士号を取得し助教授の椅子も用意されたというんですから超エリートのはずだけれど、かつて学卆で就職した企業をリタイアしているんです。働きすぎたんでしょう。それからは、ひきこもってオンラインゲームにはまったという。我らの愛してやまないご同輩なんです。そのオンラインゲームをする仲間と作った自助グループが「わかもの国際支援協会」wisaなんです。大阪の福祉協議会といつしか昵懇(じっこん)になり、「君たちパソコンに強いから高齢者に教えてやって!」というのがスタート。ホームページ制作、プログラミングと仕事の幅が広がり現在に至っているわけです。それに多文化共生という理想を掲げて、地球規模で助け合いをやっているから、ちんまり感がない。もっか、ラオスの大学の先生をしながら少数民族とwisaとの協働に取り組むのはもちろんですが、家族をとても大切に思って喜怒哀楽を共にしているのが一番いい。なっから信用できる人だと思う所以です。

 

日テレ「シューイチ」を観ていたら

 江戸川区のひきこもり支援を紹介していた。調査した10万人区民に7919人がひきこもり状態にあるとのこと。区長のお子さんも当事者ゆえか積極的に取り組んでいる。行政の力はやっぱりスゴイ。企業とのマッチングをするスタッフがいる。伴走支援はあたりまえ。その映像を見ていたコメンテーター(精神科医)は「就労支援センター」の看板に違和感をもったようで、「行政としては使わざるを得ない言葉かもしれないが、もっとふらっと寄れる感じが良いのに」というようなことを言っていた。本気で調査をすればできるってこと。江戸川区ガンバレ!太田市もガンバレ!!

 

しゃべり場、やっかましいなぁ

 やかましいのは、けっこうなことです。それぞれの近況報告が終わると、いつの間にか会は南と北に二分され喧々諤々(けんけんがくがく)うるさいったらない。南は農業と福祉を考えるチーム、北は8050問題。それぞれ盛り上がっている。これからはテーマ別の話し合いができますね。

 農福チームは、Tさんちでのナスの収穫に3家族が参加して手ごたえを感じている。Tさんは定年退職後、農業大学校に学び色々な制度を利用しての就農だ。人づき合いが苦手らしい息子さんに、農業ならやれるのではないかと父の背中を見せている最中というところかな。奥さんのMさんが楽しい人で、気働きがスゴイ。「封建的なお舅さんに鍛えられたから。人生ムダなことってないね。」なんて言ってましたよ。こんどはブロッコリーだって。お呼びがかかったら馳せ参じましょう。

 8050問題、耳だこかもしれませんが、親が体力気力の衰える80代になり、ひきこもっていて収入もなく病気がちな子は50代になっている家庭などをいいますね。

両者が共倒れにならないための対策をたてておくのは、今まさに私たちの課題です。

親が死ぬということは、最大のピンチであるけれど、親という重圧から開放されて自由に羽ばたくチャンスにもなるわけです。働いていようがいまいが親を看取り野辺の送りをするということは人生最大の仕事です。この大仕事、社会性の備わっている大のおとながオタオタするものなんです。この現実を前にして、我らがひきこもりの人が困るのは確実です。そんな時、相談相手がいればよいが、だれに相談したらいいかわからない時「困っている」「助けて」と言えば応える体制を遺してやりたい。社会支援課 伴走支援センター、生活困窮者自立相談支援センター、民生委員、親が利用していた地域包括支援センター、あるいはよく野菜などを運んでくれる近所のおばさん(ピアサポーター)などだれでもいいから「親が死んで困っている」と勇気を出して声にさえすれば、それぞれが連携しあい最善策を一緒に考えてくれる。そこが、ひきこもる人のスタートにもなる。

太田市は、ひきこもる人を見捨てない街になっていると、ふだんの暮らしの中で喋っていよう。大丈夫だよ、と。

 

 それでは、皆さん、物価高やコロナに負けないで、元気で新しい年を迎えてくださいね。

(飯田)

しゃべり場だより No.61

2022.10.1

いいね♡

10月例会は16名の参加で盛況でした。

初めての参加者も10年来の人も皆がしゃべって聴いている。あるがままを語っているのは緊張がない証拠。ウチの場合はネ、私はこう思うよと皆がアイ・メッセージ。一人何分ずつなんて断らなくても全員しゃべって1:30~4:00。時間通りに終わる。帰りには農産物のお土産をいただき、家族会は何て言うか、今風に言うと”いいネ”って感じかな。

 

学校って何?

道草の会の家族は、今まさにひきこもっている人も回復期にある人も、ひきこもり状態を卒業した人もいて、学卒でサラリーマンだった人もいれば小学校から不登校の人もいるし苦しい登校でヘトヘトになった人もいる。十人十色、千差万別、全くもって色々だ。そして、今更だけれど「学校って何?」って思う。

半世紀も昔だが、私の高校時代は学校は知的好奇心を満たす娯楽の殿堂だった。

校舎移転後だったから花壇にスコップを入れたり、教室のカーテンも家庭科室のミシンを使って作ったり、何でもホームルームで話し合い実行していた。アルバイト禁止でも家が困っていたから先生もクラスメイトもバイト先を紹介してくれた。第一、授業が面白かった。数学の授業で久米正雄の小説『恋愛双曲線』の話を聴いたり、物理の授業で高村光太郎の『智恵子抄』を語ってくれたのは清水市長のご尊父さま。校長先生は休んだ先生の変わりにシェークスピアの授業をしてくれた。教科書以外にジェイムズ・カーカップ『白い影』を英語の授業で読んだこと、古典の授業で杜甫の憂国憂民の情を熱く語ってくれた先生のいたこと、先生たちから本を借りて随分読んだ。勉強してなくて叱られたり、かばってもらったりの先生たちの笑顔や泣き顔に励まされて青年時代を駆けぬけたのだと思う。図書室や貸し出し禁止の本の書架がある図書準備室も私には居場所だった。だから、学校が居場所ではないと感じられる不登校の人の次の居場所は何処という思い、今なお苦しい登校を自ら強いている人のことを思うと胸がいたい。何という時代を創ってしまったかという私たちの怠慢、大人の責任を感じる。

 

キンモクセイのかおり

キンモクセイが咲くと思い出す。もう20年も前だが、養母が亡くなる前に大量の便をした。俗に死に花を咲かせると云うらしい。痛み止めの副作用で喉の渇きと便秘で苦しんでいたから、便摘出が続いていたので本人はさぞさっぱりしたことだろう。あぁ、今日は何回目のオムツ交換かと溜め息まじりにガラス戸を全開にすると、そこに金木犀の香が漂っていた。この年は、剪定もしなかったので大量の花が咲き、香りも濃厚で、いつしか部屋の空気が入れかわり清められた感じだった。

自然の力というか粋な計らいというか、私にホッと一息つく余裕を与えてくれた金木犀に感謝したのだった。今年の花は少しだけ、香りもほのかに感じただけ、必要があれば香りますとでも言いたげだった。

 

家族会・居場所ITOと市役所との意見交換会

10月19日(水)10:00~市役所てっぺん12階で、より良い連携を組むための意見交換会が行われた。市役所担当の部長、課長、課長補佐さんほか伴走支援センターより2名の皆さんにはご多忙の中、時間を作っていただけたこと誠にありがたく思います。今年度から本格的にはじまった重層的支援体制整備事業である。相談件数の数字は月平均10数件と決して多い数字ではないが、いつでも相談に行く事ができる場所があるという安心感は何事にも変えがたい。困っている人を中心に関係部署の係さんらと家族会、居場所等ができることを話し合い、その成功事例を一つ一つ積み上げていくことで、生きた伴走支援になっていくものと期待している。これから色々な取り組みをして下さることだろう。私たち家族会の仲間も家族の見守りに加えて三者の連携を円滑にして「太田っていいネ」って本気でいえるよう、できる事をコツコツやっていきましょう。                                                                                 (飯田)

しゃべり場だより No.60

2022.10.1

 

今この時も、親亡き後もいきぬくために

9月の例会は貸し館の都合で第3木曜日となりましたが、うっかり第1木曜日に足をはこんでしまったという方はいませんか?お客様として社会支援課ひきこもり等相談員の太田さんと、親亡きあと一歩一歩前進しているNさんが参加してくれました。

この日のテーマは、まさに「親亡き後のライフプラン:今親にできること」でした。お金だけを残しておけばいい訳ではありませんが、ウチの息子の場合、7年間働いて蓄えた預金残高がどんどん消えていくという事態になって、死ぬしかないと思い詰めたことがありました。現代では自給自足をしない限りお金は必要不可欠です。不安が増幅し追い詰めることがないように、不安の中身を具体的にしようと思いました。漠然とした不安は、かの芥川龍之介をして自死を決行させるほど重大事です。何がどれだけという風に不安の中身を具体化することで、対策を打つことができ不安も軽減できるというものです。芥川は天才、私らは凡人、実直にやって生き残りましょう。10年前、すでに赤字が生じていた家計を立て直すために、畠中稚子先生の講演「親亡き後を生きるためのサバイバルライフプラン」や本からも学び、このまま子が将来働けないとしたら、どれだけのお金で生きられるかと資産の洗い出しやキャッシュフロー表を作りました。その具体的な数字を見て、ひきこもっていても出来る事として、息子は内職を始め事業所は変わったが今も続けている。私は65歳でパートを辞めた後も、農家バイトを経て今は週2のバイトで赤字補填をしている。親も健康であれば仕事で外に出るのは効果がある。私がグループホームの夕食作りのバイトの日、息子はわが家の夕食作りを担当する。

食材購入後1週間分の献立を作成する。息子と相談しながらだが、当初「どうやって作るん?」とか「調味料を調合しておいて」など言っていたが、2年も経つと彼自身の工夫も生まれた。元々外食産業で働いていた経験からか手際も良い。ようやく生きる気力が芽生えてきたのか?「おかんとおいらの夕食メニュー」というノートを作った。息子が内職するようになって良かったことは、わずかでも収入があること以外に、部屋がキレイになったことがある。掃除をマメにしないと製品にホコリが付くし、商品にならないので返品・弁償という事態が生じる。カーテンや床など清潔にしたいと先ず掃除を念入りにするようになった。納期を守るというのも仕事の基本だし内職屋さんとの交渉で社会性を維持できている。

わが家のステップアップはこんなところだが、Nさんの紆余曲折しながらも自分のペースで自立に向かう姿、それを笑顔で語る姿を目のあたりにして、思わず目頭が熱くなった。お母さんは天国でさぞかし喜んでいることだろう。「親が生きていれば、自分はまだひきこもっていたと思う」とNさんは言っていた。お母さんは、もしもの時息子はきっと生きるために立ち上がると信じて、連絡先が分かるように準備していたのだと思う。頑張っているNさんに、皆から大きな拍手が自然と湧きおこった。遠路はるばる参加したFさんは「今日はNさんに会えたのが一番よかった」と言っていた。Nさんは「道草の会」の希望になっています。Nさんとこれからも伴走してくれる太田相談員に「絶賛応援中!」とエールを送りました。今後も支援センターと家族会は連携していきたいと思います。

 

自立とは

「自立」という言葉に縛られ苦しんでいる人はいませんか?

いつまでも自立できない自分は恥ずかしいとか、親もまた、親のつとめは子を自立させること、それができない親はダメ親だと身を縮めて生きている人がいるかもしれません。「結果より過程が大切」とは、ヒューマンスタジオの丸山康彦さんの言葉です。今ひきこもり状態にあるからといって人生が終わったわけではないし、ひきこもらざるを得ない状況になるまでの生きる努力を知ったならば、敬意を表したくもなります。KHJ全国ひきこもり家族会の家族相談士・高橋晋先生の学習会に参加した折「ひきこもる人は、いじめを受けたとか、直接の原因以前から、物心ついた頃からすでに傷ついている」たとえば親族の自死によって、家族がその痛みを背負っていきているのを察して子どもながら一族の傷を引き受けているそうだ。生まれながらに重荷を背負って生きているので、エネルギーが不足してしまう。「不登校やひきこもりは、もう充分頑張ってきた結果」だと聞いて、私は目や耳からウロコが落ちた。この時、心の負債も親の代で返済しようと思った。親もまた生き直しに取り組まなくてはと、水面をアップアップしながらズブズブと沈んでしまいがちな自分もエネルギーを貯めたい!と強く思った。背負う荷物は消えないまでも、荷物を下ろして一息ついて、柔和な微笑を浮かべる時を持ちたい。険しい顔をして頑張らなくていい。緊張して強張った身も心もゆるめることも覚えたい。それは家族みんなの安心につながり、ひきこもる人もエネルギー補充ができるのではないかと思う。挫折を経験した人が立ち上がるためには、安心安全な環境でエネルギーを貯めていくことが一番だと思う。「人は支え支えられながら人と成る」という。車だってガソリンや電気がなければ走れない。まして人間には心をも充たすエネルギーが必要だ。新自由主義社会といわれる現代はストレスフルで心のエネルギーを半端なく消費する多燃費社会だと思う。緊張をゆるめて「今はエネルギーを貯める時」と自覚して依存できる所に依存して生きたらいい。その依存先は親だけではない。社会の中に受け皿はきっとある。太田市には「伴走支援センター」「家族会」「当事者の居場所」がある。昨日は、県社協の出前居場所「ひなたぼっこ(大泉町)」でゲラゲラ笑って帰ってきた。

ひきこもるのは恥だと思い込み、自力で何とかしたいと孤立している人がいると思う。

結果だけでなく過程を・・・と思い返して欲しい。

胸を張れというつもりもないが、エネルギーを

消耗させて頑張って生きてきた自分を認めて良いと思う。

自立への歩みは「支えられて立つことを肯定する」から始まる。

その過程こそ人生というものかと思うのです。    (飯田)

しゃべり場だより No.59

2022.9.1

前向きということ

 8月の例会は暑い中11人の参加者があった。13:30~16:00

まで、それぞれが語り、みんなが耳を傾けた。吐き出し効果が感じられたのは、あれほどお子さんの事をマイナスイメージで語っていた方が、明るい口調で肯定的な見方が少しずつ感じとれるようになったこと。ほほえましくうれしく思った。彼女の身ぎれいな服装や自然なお化粧は若々しく元気そうに見える。まだまだ働けるね、私も頑張ろうなんて思わせてくれる。実際は満身創痍で毎日どこかが悲鳴をあげているが、こうして月に一度の家族会に足を運ぶ、頑張って生きようとする。こういう生き方を「前向き」と言うのだと思う。世話人の一人としても、これからも参加者の話に耳を傾け、

ていねいに聴くことを肝に命じたいと思った。

 

10年は長いか短いか

 9月例会では、ひきこもる人と暮らすライフプランの自主学習会を予定している。改めてする必要もなく着々と準備を進めている方もいる。2015年にファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんを太田市に招いて講演会を開いたのは、つい昨日のようにも感じられる。資産の洗い出し、キャッシュフロー表の作成、子の平均寿命まで生に抜くための対策を練った。

我が家は赤字分の補填をどうするかという所から息子が内職を始め、親も月に10日ほどの

アルバイトをするようになった。本気で取り組もうと決意させるきっかけは次の文書を読んだことだ。

  1999年、KHJ全国家族会が産声をあげてから20年が経過したが、仮に就労を問題解決とするなら、解決したという人の割合は全体の1割にも満たない。それが実情(ハンドブック『親亡きあとの子のマネープラン』2018より)「再起の春」は幻想にすぎないのかと悲観せざるを得なかったが、絶望している暇はなかった。今まで私たち一般の人たちが当たり前と思っていた生き方ではないかもしれないが、生き抜くためにできる事はきっとあると信じて今日も笑顔で生きている。

  子の特性を理解し、生き抜くためにできること、経済的なことはもちろんだが、生活技術の習得、最小限の社会性維持など、当事者本人にはできるだけ低いハードルを設けてトレーニングできたら良いと思う。現状をあるがままに受け入れること、受容こそがスタート地点でした。これが出来るためにも、話が通じ合う関係になるまで親子関係を修復できたら良いと思う。それを充分すぎるくらい理解しているから、毎月みなさん家族会に参加しているのでしょう。幻想を捨て、目の前のリアルな子を直視してみよう。世間のモノサシに合わせるのではなく「ウチはこれでやっていく!」と自信を持って生きていこう。

 

「 体調悪いー 」

 息子殿はこのところ起きるなり「体調が悪いー」と言う。まぁ、気をゆるした家族だから言える繰り言だ。体調悪いけど「頑張ってるんだぜ」とも聴こえる、想像すれば、長時間の細かい手作業で肩が凝り、血流が滞り頭痛や倦怠感があるのだろう。私の更年期の頃のつらさを思い出してみる。東洋医学の民間治療や漢方外来とけっこうジタバタして溜息をあたりに撒き散らしていた。そうか、息子は私にしか愚痴が言えないんだ、と思った。

 「良い睡眠がとれない」と言いながらも、内職発注が朝9:00になったため身体を朝方にしようとしているのだろう。糖尿病外来にも緑内障の治療にも通い、彼なりのルーチンで運動もしている。その努力は認めない訳にはいかない。「目を酷使しないラクな仕事もあるんじゃないかな」と言ったら「ほかに何ができるっていうの」と返された。ひきこもりをナメたらいけないかとでも言うかのように。                                                (飯田)

しゃべり場だより No.58

2022.7.17

ムクゲの花が満開

 体温を上まわる暑さが続いたかと思えば梅雨に戻ったかのような雨天。皆さん体調はいかがですか?この雨で庭の草木が生き返り、ムクゲは満開です。平安時代に中国から渡来し「木槿」と書き、日本では夏の茶花だそうです。韓国では国花ですから東アジアを代表する花です。酷暑に耐えて咲く美しいムクゲの花のように、人間同士も緊張関係を和らげ豊かで寛容な心で平和な時代にしていきたいですね。

 

介護保険について学ぶ

 7月例会では太田市役所介護サービス課より本多さん、野口さんを講師にお招きして「介護保険について」の学習会をしました。ひきこもりがちで収入の少ない子供のことでは色々と学んできた家族会ですが、高齢の私達自身のことも考えようというわけです。『あんしん介護保険』という太田市発行の冊子を参考に、介護保険のしくみやどんなサービスが受けられるか説明していただきました。介護保険料はけっこうな額を払っているのだから利用しない手はない。ただ1割あるいは2割は自己負担だから、こちらの経済状況と考え合わせてサービスを利用することになる。まずは、困ったなぁと思ったら家の近くの「地域包括支援センター」に行って相談するのが良いそうです。ここには保健師、社会福祉士、主任ケアマネージャーがチームとして、一人一人に合わせたプランを考えてくれるそうです。どこにあるか調べて電話番号をメモしておくといいですね。

  しかしながら団塊の世代の私たち、一番人口の多い層です。人手不足と相まって国庫の苦しい実情が想像されますね。やはり大事なのは介護予防ということになります。行政センターの健康教室など無料で受けられるものを積極的に利用したり入浴施設を利用して健康維持に努めたいですね。認知症予防に効果的なのは、高齢でも健康であれば少し働いたり、ボランティアや趣味の仲間との交流です。もしもの時は、こんなことお願いね!と、日頃から家にいる子どもと話しができるといいですね。こんどは、認知症予防の学習会もやりましょう。

それと、コロナが落ち着いたら「利根の湯」にみんなで浸りに行きませんか?。

 

息子と外出うれしい

 7月10日の参議院選挙に息子と出かけたついでに買い物に誘ったら、あっさりOKでした。夏用の靴とポロシャツは「サンキ」です。自分で選んで買うなんて十何年ぶりのことです。いつも着ていた黒のポロシャツは彼が自分で買ったものですが、もはやグレーに変色して、黒で染めてやろうかと思ってました。できれば新調してほしいと思ってました。「サンキ」は安価でサイフも気持ちも負担にならない所です。夫の下着や日用品も買って、向かいの「業務スーパー」に寄ってもいい?と聞いたら「いいよ」です。日曜日の午後はけっうな人混みです。こんな人間をいっぱい見たら目を回すのではないかと思ったら案外平気な顔をしています。彼は生活実感のある買い物(流しの水切りネット、キッチンペーパー、ナフタリンなど)をするので、家庭人としてはいいセンいってると思います。買い物のハシゴができるなんて記念日に匹敵するレベルです。こんなこと家族会以外の人に行ったら「バカゕ!」と言われそうですが。緑内障で視野狭窄がはじまっている息子の運転は多少心配ですが、彼の運転技術が劣えるのも残念です。リスクのないものはありません。これからもチャンスを逃さず、挑戦していきたいですね。                                                  (飯田)

しゃべり場だより No.57

                      2022.6.12

梅雨に咲く花 

例年より遅い梅雨入りとのことですが、吾が家の庭には紫陽花が咲いてます。なごりのドクダミや咲きはじめのネジバナ、ホタルブクロ、ムラサキツユクサなどのピンクや紫系の庭にひときわ目立つキンシハイの黄色。いい匂いが漂うのはラベンダーだ、庭とも言えない野原状態の庭を早起きしてコーヒーを飲みながらぼんやりながめているのは至福の時です。芝生の中から身をよじりながら立ち上がるネジバナは、当然ながら人の足に踏まれないような所にかたまって咲いています。でも、草にもネガティブ施行の子がいるようで、わざわざ物干し場の下に踏まれるのを承知で咲いているのですがわずかにいます。踏まれても立ち上がろうというのかと思えば、倒れたままで花をつけて起きようとはしないようです。静岡大学の稲垣栄洋先生は、雑草の研究を続けておられます。(朝日新聞「ひと」より)「雑草は弱いゆえに生存戦略はしたたかです」と。雑草は意外にも踏まれ続けると立ち上がれないという。余計なエネルギーを使わず、横たわったままでもいいから種子を残す。根性論ではなく大切なことを失わないのが雑草魂です、と。ライバルが多い豊かな土地には生えず、道ばたなどの隙間で生きるという戦略をとっているのだそうです。私たちも雑草のように、適応できる場所を選んで自分らしい花を咲かせたいですね。

 

「知りません」だって

  しゃべり場で、息子さんは作業訓練に通所しているとのことなので、具体的に教えて下さいといったら、「よく知りません」だって。これは立派です。息子さんとは言え一人の人間として尊重しているということでしょう。根掘り葉掘り聞かないで、任せていますという宣言のようですね。息子さんの健康状態や特性を理解した上で見守っているんですね。お母さんは息子さんに頼まれたことだけをする。私宛メールに息子さんから「母に話しました。印刷お願いします。」とあった通り、お母さんが打ち上がった「しゃべり場だより」を持ってきてくれました。あとのことは、「知りません」でOKです。

 

会員同士の交流

  この日は、Nさんと息子さんが一緒で、「久しぶり!」の挨拶もそこそこに待っていたKさんが息子さんの方と部屋を後にしました。障碍者の認定について色々と学んでいるKさんがNさんの息子さんと情報交換しているのかと勝手な想像をしました。お母さんはそのまま「しゃべり場」に残し、よそのおばさんに心をゆるしておしゃべりできるのは家族会だからできることなのかもしれませんね。生きづらさに悩むことにかけてはベテランのおばさんたちです。きっと当事者の力になってくれるでしょう。お母さんを乗せて、はるばるやってきたNさんは、もはやひきこもりの人ではなく、Kさんとの情報交換が終わると、居場所ITOへ向かいました。障害年金の受給が叶えば、親亡き後の生きる支えができる。腹をくくって社会保険労務士と連絡をとったり、医師に再び相談ができればと願っています。道草の会では、就労へ向かい自分のペースを確認している人と障害年金の受給、障碍者枠の就労など多様な自立への道を考える層がある。〇さんからも障害を持って生きる上でのアドバイスがあり、しばし盛り上がったテーマでした。

 

自分宛の郵便物が来たら?

 家族会の親たちは連絡を取りあってお茶したり食事したり散歩したりと交流があるようですが、子どもは孤立しているのではないかしら。ウチの息子には一人の友人もいません。それでも自分宛の郵便物は確認しています。検診の通知でも年金定期便でも本人宛のものは開府しています検診結果が最悪でこれはヤバイから医師の受診をするようにという市からの連絡を見て、息子は10年来の重い腰を上げて通院するようになったのです。親がどんなに願っても叶わなかったのに、一通の郵便の力に驚きました。ハガキ訪問。お子さんの了解が得られたのは4家族。自我にふれない内容、返事は期待しないなどの約束でやってみることになりました。居場所に行けなくても、道草の会の仲間なんです。あるがままの現状を肯定しながらも、ささやかな呼びかけをしてみます。人名を見るだけで恐怖感に襲われるという方もいます。誰にでもというわけにはいきません。慎重にやってみましょう。

 

聞きずらいねぇ

  広い部屋にマスク・・・遠くの方に座っている人の声が聞こえないのが切ないです。この日は世話人の機転でマイクを借りてのしゃべり場となりましたがマイクはバトンリレーのごとく隣の人に渡すゲームになりました。マイクは正論や建前を言うには最適ですが、本音や愚痴を大きな声で言えるでしょうか。「ボソッ」とつぶやく中に気付きも生まれ、吐き出し効果もあろうというものです。畳の部屋で膝つき合って語り合った頃が懐かしくなります。補聴器を使う人も私だけではありません。掃除のしやすい部屋でがあるけれど、音環境が良いとは言えないのが今風の会議室ですね。木造、畳、カーテンなどの昭和スタイルは音を吸収し、実は耳に優しい構造だったんです。音がはね返る今の会議室でより聞こえやすく工夫を考えてみたいと思います。想像力を発揮して耳を傾けますがヘトヘトになります。                    (飯田)

しゃべり場だより No.56

                      2022.5.18

五月晴れ 

五月晴れとは、「梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われた時の晴天」。グーグルが教えてくれました。実際、今のところ五月晴れと呼べそうな日は稀で、走り梅雨の言葉通り雨の日が多い。ぱぁーっと晴れ渡る青空を見たいものです。

  そんな明るい話題を二つお伝えしましょう。

オンラインゲームで知り合った青年が東京から太田市のSさんを訪ねて来て、リアルな出会いができたそうです、Sさんとのやりとりが魅力的だったから会いたくなったんですね。このところ、お父さんにパソコンを教えたりボランティアで入力作業をしたりと、彼の気持ちにも晴れ間が広がったのでしょうか。「うれしい、たのしい、おいしい」の一日だったかなと想像するこちらもうれしくなります。あっぱれSさん!あっぱれとは「天晴」と書くそうです。

  ハイ、もう一つ「あっぱれ」な話題です。

奥様に先立たれ、ワンオペ見守りをしていたお父さんから家族会の前日、若者当事者も参加可能か問い合わせがありました。もちろんOK!と返したら、当日親子できてくれました。連休に外出したことがきっかけとなり人との出会いに一歩踏み出そうとしているとのことです。居場所ITOと紹介し、そちらへ行ってもらいました。いろんな人がいるなぁ、いろんな生き方があるなぁ、生きづらさを抱えながらも生きていけるじゃん!なんて感じてくれたでしょうか。一度挫折した人間が一歩を踏み出すということが、どれほど勇気のいることかと、愛情をもって見守り、ひきこもりを理解しようと学んでいたお父さんは静かにチャンスを待っていたのです。このタイミング、本当にあっぱれなお父さんです。このお父さんの作る家庭菜園の野菜はおいしいんだろうと思いました。

 

よく来てくれました!

ひとりで悩んでいたお母さん、はじめて家族会に参加されて居心地はいかがでしたか?緊張ぎみに切々と実情を語られました。ご主人は早くに亡くられ、親一人子一人で仕事をやってこられ、今は体の不調もあり、8050問題のただ中におられる。今しかなくてはならないことがたくさんあると焦る気持ちもよくわかります。いくつか課題があるのは事実ですが、無理なく出来そうなことから一つずつやっていきましょう。相手がかかわることはチャンスを待ってタイミングよく、それができるよう準備期間と思って家族会に顔を見せてください。いつやるの?今でしょ!は林先生にやってもらいましょう。信じて、任せて、待つ、これは道草の会の合言葉です。

 

ちっぽけな家族会だけど

5/17(火)朝日新聞「折々のことば」より

民謡を語る多くの人々は幾度も壁にぶつかりそのたびに世の中を見る日をみずみずしく、たくましく鍛えてきた人たちでした。                小野和子

・・・・・学校が「高校4年」と呼ぶ、大学受験に挫折した生徒らを思いやってこう語りかけた。そして、どんな未来も「ちっぽけな私たち一人一人があくせくと耕すことしか開かれないのだと。」

私たちのちっぽけな家族会も幾度も壁にぶつかりながら、休まず続けていくうちにしなやかな強さをみにつけたのでしょう。一人一人が精いっぱい家族を、社会をたゆまぬ努力で耕してきたのです。そんな勇気ある会員一人一人を誇りに思っています。

どうかたび重なる挫折で、今にも死にたいと訴えるお子さんにより添う親御さんに元気でと祈ります。どんなつっかい棒になれるかわかりませんが、つらい時は寄りかかってくださいね。この家族会の親たちみんな、一度や二度は、我が子の「死にたい」という痛切な声を聞いたことがある者同士です。悩んだり落ち込んだりのベテランぞろいです。「死にたい」と訴えるのは<死にたいほど辛い> <この人に言えば、この気持ちを受け止めてくれるにちがいない>と思えたのでしょう。親は信頼されているんです。親はその信頼に応えたいから悩むんですね。「うん、うん」と言葉もなく頷くことしかもしれない。でも、どうにかして、どんな時も私はあなたの味方だよというメッセージは伝えておきたいと思う。それは、いつも通りのあったかい味噌汁や好きなお惣菜かもしれないし、それらを作る音や匂いかもしれない。「おはよう」「おやすみ」という挨拶かもしれない。

 

こんな日もある

伴走支援のアウトリーチ3回目はうまくいきませんでした。息子殿は2階から降りてきません。前日にも、「太田さん、明日来てくれるよ」と伝えておいたので本人は承知していたと思います。この日は朝から内職屋さんに行ったり午後のことを考えて朝からパワフルに内職をしていました。私あての電話や職場の同僚の訪問があったりと騒がしい日となっていたのは事実ですが、それに加え挨拶ぐらいして欲しいと伝えた夫は絵画展が間近なのを話題に次々とキャンバスを居間に運ぶ展開になりました。元々、コミュ障ぎみの夫が緊張をカモフラージュするためにハイになってしまったのでしょう。息子のお客さんですよね。まったく。あるがままの家族を見てもらえて良かった。「うるせーんだよ!」と声がしたので、静かにくらしたいと思ってるのが再確認できた。太田さんも「こんな日もありますよ」とケロリンしていた。太田さんは、ここん家とはずっと伴走していきますよと腹をくくってくれたんでしょう。何事も肯定的に受け取るのも習慣になりました。                    (飯田)

しゃべり場だより No.55

                      2022.4.16

伴走支援センター スタート! 

 電報だったら「サクラ、サク」とでも打ちたくなる快挙です。ひきこもる人の家族が心待ちにしていた支援のよりどころが太田市にできました。2021年度の「重層的支援体制整備事業の移行準備事業」を経て、今年度いよいよ本格的な「重層的支援体制整備」が地域共生社会の実現に向けてスタート、「ひきこもり等相談室」が開設されました。その名も「伴走支援センター」です。ひきこもり等の等って何?と首をかしげましたが、考えてみれば私たちはひきこもりだけを悩んでいたわけではなくて、同時進行で親自身の老化(8050問題)、生きずらさ(発達障害などの特性)、生活困窮など色々な困難を抱えていたのです。これが等ということなんですね。困っているあなたをとりまくまるごと話してみていいんですよ。できることは関係部署が垣根を越えて力になってくれるということです。ソーシャルディスタンスのご時勢に、市役所がとても身近で親しみをもつ存在に感じられます。ひきこもる人の背景は多様で百人百様です。かつての枠はめ型の支援には当然無理がありました。全国的にみても、ひきこもる人の支援は一人一人に寄り添うオーダーメイドの支援へと向かっていますが、私たちの相談員・太田さんからも「オーダーメイド」の言葉が出て、胸キュンです。

 

社会支援課ありがとう!

 4月7日(木)の例会には、社会支援より高田課長はじめ担当職員6名の皆さんが列席下さいました。「えー、高田課長も来てくれたの⁉」年度初めでご多忙でしょうに。道草の会からの要望書うぃ受けて、市との意見交換会や面会の機会を作っていただき、居場所づくりにもご尽力いただきました。誠実に正面から向き合ってくださったことを心から感謝申し上げます。

柴田代表と二人、ひきこもる人もその人らしい人世を全うしてほしいと願いながら、とぼとぼと歩き出すうちに仲間と出会いました。当時は、大人のひきこもりの相談窓口も支援場所もありませんでした。まずは市役所の障害福祉課、社会福祉協議会、保健所という具合に思いつくところを訪ね歩きました。どこでも県の心の保険センターを紹介されるだけで、市の資源に出会うことはありませんでした。親だけでは、どうにもならないことがあります。考えれば考えるほど悩みのるつぼにはまっていました。それでも、ちいさいながら家族会を続け理解と支援を求めて、お呼びがかかればどこへでも行って実情を話しました。そして、とうとうこの日を迎えることができたのですから、ほんとうにうれしいです。太田市を誇りに思います。桐生、館林も続いてくれるでしょう。

 

ミニ総会

市役所担当職員の皆さんの紹介と内容説明、質疑応答を終えて(太田相談員はの残って)皆さん市役所へ戻られました。柴田さんより昨年度の事業報告と会計報告がありました。コロナ禍でも年6回は家族会が開かれ、年会費や参加費も順調に集まり、居場所活動費を大幅に援助することができました。今年度の事業案は、7月に「介護保険について学んでおこう」を市役所の担当職員さんを招いての学習会。もうひとうは年度末ごろ「わかもの国際支援協会(wisa)の横山さんの講演会」をやりたいという二つの案があります。こんなことをやりたいという案があれば、いつでも柴田さんへご連絡下さい。

 

時間が足りない「しゃべり場」

 さて、4:30まで延長した「しゃべり場」ですが、当事者家族12名はしゃべり足りない時間枠になってしまいました。すてきだなぁと思ったこと2例書かせていただきます。まずSさんちのこと。同居していても丸3年直接会話をしなくなった息子さんとお父さんの微妙な心の変化を感じ取ったお母さん。ある時、お母さんとお姉さんが4日間家を空けることになった。冷蔵庫も満たし食費も自由に使えるように置いておいた。留守中心配しながら帰ってみると、食事を作った形跡があり、父親の食器も洗ってあったという。それに対して、お父さんは「ありがとう」とのメモを添えたとのことです。今回は、親亡き後を想定し本人が生活力を向上されるチャンスになり、お姉さんにとっては緊張から解き放たれて心の休養になったことでしょう。顔を合わせての会話はできなくても、家族4人の心が動いてそれぞれの思いやりをお母さんが感じ取れるって、とてもすてきなことだと思います。もう一つ、若いお父さんとお母さんが参加して下さり、よどんだ心もさびついた頭もリフレッシュしました。息子さんのひきこもりをきっかけに、環境を変えるのも良いかなと東京からお母さんの生まれ故郷の太田市へ引っ越して来た。すぐに市役所へ相談に行き、家族会に参加という行動力。仕事を持つお母さんだからできないこともあるが、そこは離れて暮らすお父さんがフォローする。お二人から息子さんに元気で生きてほしいというまっすぐな思いが伝わってきました。ようこそ、太田道草の会へ。明るい方をめざして共に支えていきましょう。

 

「植物のように生きたい」

太田さんのアウトリーチ2回目で息子が言った言葉です。1回目は挨拶だけでしたが、早くも2回目で彼の想いを言葉で聞くことになるなんて、本音が言えるとは素晴らしいことです。植物のように・・・このセリフを頭に入れて暮らしているとヒットするテレビ番組があしました。ニッポンぶらり鉄道旅「江ノ電・鎌倉の寺にて」で、苔を研究されている方が紹介していたギボウシゴケの仲間の生態は面白かったです。雨や水がかかった時だけ光合成をして生きる。それ以外は生きているのかわからない。黒ずんでカサカサしている。それが一度水がかかると乾燥わかめを水で戻した時のように鮮やかな緑色になるんです。苔学者は「頑張れる環境になったら頑張る生きものなんですね」と言っていた。植物にも色々ある。その生態を観察してみるのも面白いし、息子はどうような植物をモデルにしているのだろうというという興味が湧いた。ひと言に一喜一憂しない、プラスイメージで受けとる私もなかなかな者でしょう。今回は息子が第三者に本音を語れたことを、何よりうれしく思いました。        (飯田)

 

ひきこもり家族のつどい「ひなたぼっこ」参加報告書

県・社会福祉協議会の東毛地区で初めての「ひなたぼっこ」が太田市で開催され2021年9月から2022年3月までの4回シリーズで行われ、太田道草の会から2~5人が参加しました。第1回は、「県内のひきこもり支援団体の紹介」で、(1)NPO法人ビーイングは、①様々な要因で不登校になったり、ひきこもり状態になっている本人や家族と一緒に今、伴走しながら、何ができるか考えお手伝いする。家庭訪問(アウトリーチ)支援。□コミュニティーハウス(居場所)は、多世代が交流し、いろいろな体験ができる社会参加のための訓練の場である。(2)NPO法人ぐんま若者応援ネットアリスの広場は、①若者の自発的市立をサポート、②心の余裕ができて初めて自分で先のとこを考えらるれるようになる。第2回は、『ひきこもりへの理解~なぜひきこもるのか』ひきこもり支援関係者による(1)テキスト「ひきこもりの家族教室」の解説、①「ひきこもり」では、ひきこもりは病名ではなく、一人ひとり状態が異なるので支援の内容も違う。〈ひきこもりの回復には、□安心・安全な環境、□理解してくれる人の存在が重要。

回復には、「待つ」「見守る」ことも重要〉②「本人と家族・対話の工夫の気持ち」では、対話の工夫として□傾聴する、□褒める、□伝える『〈アイメッセージ〉を使うこと』。③「関わり方の工夫~こんなときどうする~」では、〈あいさつ、雑談、お誘い、お願い、相談、感謝〉の『できていること』に注目すること。④「生活を豊かにする」では、家族が元気でいることが大切。◎最後に、〇うまくいった関わりは、続ける、増やす。〇うまくいかない関わりは、別の方法を試す。〇できているところに目を向ける。〇本人との関わり、やりとりについては、本人の反応をみながら、試行錯誤が必要。第3回は、インストラクターによる『優しいストレッチ』で心身をリフレッシュした。第4回は、『あなた1人じゃない~県内のひきこもり事例と支援の形~』では、群馬県広域就労準備支援事業を運営しているNPO法人ワーカーズコープは、さまざまな事情ですぐに就労するのが不安な方〈★不登校やひきこもり歴が長い★ちゃんと働けるか不安など〉への支援を無料で行っている。              (浦野)

     

しゃべり場だより No.54

                      2022.3.3

いつのまにか春ですね

33(1木曜日)、久々の例会です。暦ではひな祭ですが、コロナ・コロナで季節のうつろいに鈍感になってます。県のまん延防止措置が延長され例会開催が危ぶまれましたが、なんとか集まることができ、ボチボチでも続けていこうという道草の会の理念どおりのことができました。この日の出席者は、相談員の太田さん、途中から自立相談支援センターの大沢所長さんもご参加下さり、総勢13名の集まりでした。会員参加が少ない日でしたが、県のこころの健康センターから紹介されて初めて見えた方もいて、それぞれの思いを語るのに必要な2時間半でした。

     

   家族会やってて良かった!

 はじめて参加された方もいるので、自己紹介を兼ねてそれぞれの家族のこれまでの経緯を語り合いました。自省やら納得をしながら、他家のことは我が事として聞き、自分の家族のことは少し距離をとって客観的にかたっているように感じました。みなさん、たくましくなったなぁと思います。Oさんはスイーツ作りを楽しんでいる娘さんをちょっぴり誇らしげに語り、商店街の奥さま方や親類縁者からの外圧に対して心境の変化がありますか? とたずねたら、「今は大丈夫、私も強くなりましたから」と応えてくれました。

うれしかったです。

             

      道草スタイル いいね

社会参加するようになったSさん、Aさん、Nさんらのステップアップを聞いて、共通するものがあるのがわかりました。皆さんは興味のある事柄を中心に趣味の集まりに参加しています。歴史の会、パソコン教室、文書校正教室、マニアックな話を聴いたり話したりする場、それらの場所は小規模ながらさまざまな年代の人がおもしろいと思うことを中心に交流しています。そこからスタートして、就労はその後に続いていくようです。やりたいことを見つけて、そのためには少しは稼ぐかなという心境になるのでしょうか。

この反対で働かなきゃ、働かなくっちゃ…とそればっかり考えていると動けなくなってしまうのでしょう。 回復に向かう彼らは、多少生きづらさを感じる特性を持っているかもしれませんが、彼らは「ひきこもり」という枠にくくられたくない、枠にはまりたくないと思っているのではないでしょうか。自分は自分を生きているだけだと。ひきこもり当事者がディケアのような場所で語り合い共感することも大事ですが、ひきこもりに限定しないで異世代の人たちと興味のある話や作業を通しちょっとおもしろいなあと感じられ、目的のはっきりしないゆるい居場所こそ、生きる力を回復させる場所なのかと思いました。

はじめて参加されたお父さんが「家族だけではできないことがあるんですね」と言ってました

 

      なんとかなるもんだなぁ     

延々と吐き出しを続けるお母さんがいました。大変なのをわかってほしい、

その思いは伝わってきます。会のみなさん、年季の入ったもので根気よく聞いてます。私たちだって、こういう時期がありました。

 お母さんを先月亡くされたAさんが来てくれました。Aさんが少しづつステップアップするのをみなさん「頑張ってるなあ、えらいなあ」という思いでAさんの笑顔を見守ってました。太田相談員も大沢所長もそれぞれの立場で応援してくれています。

「自助、共助、公助」って前の総理大臣が言ってましたが、太田市はばっちり出来ていますよ。「助けて!」と言ったら、家族会という共助がすぐに動き、市の支援(公助)につながりました。 親亡きあと、子はどう生きるのか、あーでもないこうでもないと心配し悩んでいた親たちは、彼の明るい笑顔を見て、「なんとかなるもんだなあ」と一呼吸する余裕ができたのではないでしょうか。ありがとうAさん、私たちはあなたの勇気から希望をもらいました。

また、ときどき顔をみせて下さい。                (飯田)

 

    それぞれの幸せに寄りそって

3/12放送のNHKラジオ社会福祉セミナーで、池上正樹さんが「3月シリーズ・コロナ禍の影響 ひきこもりの現場から」というタイトルで発表しましたので印象に残ったことをお知らせします。 

一人ひとりにとって、社会が十分に受け入れてくれないことで、行き場を失った当事者には、社会はものすごく不寛容であること。生きることを身につける前に世間の流儀に合った仕方でいかに適用するかを強要される、選択肢が少ないところまで追いつめられる。

コロナ禍で、家族が家にいるようになると逃げ場がなくなってしまう。でも逆に開放感を得て外に出られるようになった人もいるとか。家族の食事の手配に身を乗り出したり、オンラインならではと他人と交流し始めたりと、意外に逆境に強い側面を見せたりすることもあるとのこと。 世の中ではこの感染症まんえんのもと、益々新しいひきこもり層が出てくることが心配される。当事者は原因も背景も状態も違うので、本人の強みを活かせるよう、それぞれの幸せに寄り添っていくことが大事。         (阿部)

 

 

 

 

永久保存版                              

困ったときは📞

太田市 ・太田道草の会 柴田昌子代表 080-1148-5639

    ・太田市役所・社会支援課ひきこもり相談 0276-47-1838

    ・自立相談支援センター 0276-48-8177 FAX 0276-48-8178

群馬県 ・こころの健康センター    027-263-1166

    ・群馬県社会福祉協議会 ひきこもり傾聴セラピー 第4木曜日予約

     027-212-0011 メール g-soudan@g-shakyo.or.jp

 

その他 ・さいたま教育文化研究所 (無料)

           教育相談室 048-825-2041

    ・ひきこもり傾聴ボランティア ポピー (無料) 080-9686-1201

 

 

 

☆ ホームページ「太田道草の会」リンク先をごらん下さい。

しゃべり場だより No.53

2022.2.22

 

お元気ですか

 暮れからずっとごぶさたですね。新型コロナウィルスにはさすがに勝てません。デルタ株からオミクロンさらにステルス・オミクロンと戦闘機で襲ってきそうなウィルスの名前ですね。知り合いの方が感染したり濃厚接触者だったりを耳にするのが日常になりました。ワクチンを接種し、安全対策をしっかりやっているのになんてことでしょう。正しく恐れるってどういうことよね。感染した当事者の話を聞いたり回復への経過を聞いたり情報を集めて有効な手段を取りたいですね。そんな有益な情報はみんなで共有したいものです。3月3日の例会、会えるといいなあ。

今日は猫の日

 呼んだって来ない猫、にゃーんと呼ばれたら行かざるを得ない飼い主。気ままな飼い猫になってみたいって思ったことないですか? 2月22日の語呂合わせでニャニャニャンなんかしら。猫好きが多いのでしょう。AERA増刊号はNYAERA(ニャエラ)と来ましたよ。TVで岩合光昭の世界ネコ歩きをノンビリ観るのは心の安らぐひとときです。ウチのフク(三毛猫)も一緒に観ることもありますが、TVに乗っかって、観るのを邪魔したりします。このフクちゃん、2011.5.1に高崎の動物愛護センターからやってきて今年で11年になりますが、ようやく家族だなあと実感するようになりました。

 この子は野良ちゃんだったか、逃走中へたっている時保護されたのかわかりませんが、野性味はあるのにこだわりが強く、今まで暮らしたどの猫より手のかかる猫です。人間の食べ物には一切興味を示さず、カリカリも食べず、ある時期など我が家の庭に生えていた十和田葦(トワダアシ)しか食べず、1本残らず食べ尽くして飼い主はあちこち探し回る始末でした。腎炎猫に点滴ばかりする獣医から、ようやくペースト食を食べる工夫をしてくれる獣医にめぐり逢い、そのペーストだけを食べ続けています。時々庭芝の伸びたのを食べてオエって吐きます。トワダアシを思い出すのでしょうか?

 この子と暮らす中で学んだことも多いです。こだわりの強い生き物が、こだわれる環境で暮らすことで健康を維持できるということです。発達障害の家族がとらざるを得ない行動を「なるほど」と思えるようになったことを猫に感謝します。フクちゃんは、天が遣わした天使かもしれませんね。ほぼひきこもって内職に励む息子も、この子の面倒をよくみていて心が通じ合うようです。今でこそ私の膝で安らかな寝息をたてていますが、ここまでおよそ10年かかりました。信頼関係が生じるまで時間がかかるのは、人間にも当てはまるのではないかしら。どうして、どうしてというこちら側の気持ちを後回しにして、かれらの気持ちを察して共感して動くうちに出来ることや言葉がけに創意工夫が生まれるのかなと思いました。この子は、助けを求めて彷徨ううちに辛い思いをしたのでしょう。

やっかいで攻撃的だったのは、辛酸をなめた結果、人間に心を許すのは慎重にしようという学習をしたのかもしれません。

 人間だってとおもいます。一度断絶した関係から回復へむかうのを見守るのは時間のかかることです。それでも諦めず、ひきこもる人の気持を汲んで、出来ることを積み重ねていくうちに彼(彼女)はきっと心を開き会話のテーブルにつくのではないかと思うのです。

 

夢や希望があってこそ

  夢や希望が生まれると前途がにわかに明るくなる。1月22日()  Wisa(わかもの国際支援協会)の横山泰三さんが太田に来てくれるってよ!と聞いただけでも嬉しくなった。講演会中止を気にかけてくれるんでしょう。私達の忙しさとレベルの違う忙しさの渦中にある人なのに、誠実なんだなあと思います。

 ひきこもりの支援に、困っているから助けてください、助けてやるぞっていう関係は自尊心が揺れるだろうなって日頃感じていたら、Wisaの「活動理念」に、(支援する側と支援される側が対等な「ともだち」になって、自然と話したいことを話せて相談したいタイミングでなにかあったらいつでも相談しあえる関係を築くことが最高の支援と考えています。)とあって、胸がすっとしました。

 今回の横山さんは、具体的な夢を語ってくれました。横山さんは、京都大学助教授の就任の声を頂いているのをお断りして現在ラオスの大学の先生をしながらラオスの若者支援(FaY)をしています。具体的には、ラオスの少数民族の民話を採集し絵本にするというもの。それによって出版事業を通じて雇用を創り出し貧困に起因するさまざまな課題解決を行っていく、という。

今までに出来たのは、「ゾウとトラ」「パーム・ファミリー」です。ご覧になりたい方は、PCやスマホでWisaのホームぺージをどうぞ。

 以前わたしは地域の公民館や小学校で読み聞かせをしているうちに紙芝居づくりにハマっていた時期があります。文化財調査委員の先生から話を聞いたり町史を紐解いたりお寺や神社を訪ねたりと面白い経験をしました。「松尾神社のおおうなぎ」「鳴かずの池」「上町の薬師様」「片葉の葦」とか、手元に置いておけばよかったかな。読み聞かせをやめた時点でボランティアさんに差し上げました。紙芝居といえば、かつて絵本作家のまついのりこさんが、ベトナムの民話を紙芝居にしたのを聞きました。我が家に韓国のヨンゼちゃん家族が寄ってくれたときも紙芝居をしたら珍しがっていました。紙芝居は日本独特の文化なんです。そんなことを思い出したら、ラオスの民話にも興味がわきます。

 絵本作りに携わる少女たちが学びたいこと、自立の手立てになることを応援しながら私の夢を育てたい。もちろん、道草の会の夢も。さあ、みんなこの指とまれ!

 

 夢や希望は生きていくうえでの必須栄養素だと思う。

 

 

しゃべり場だより No.52

2022.1.5 

 明けましておめでとうございます

 

 明けない夜はないと言いますが、明けない年もありません。明けて嬉しやお正月です。

1月の道草例会はお休みですが、会員の皆さん、会える時は会って共に生きようと励ましあいましょう。

元旦は晴天なれど風強し。美しい雪化粧の浅間山を眺めながら向かった先は、母が入所している老人ホーム。外出禁止のコロナ禍であれば、ガラス越しの面会10分。 貴重な10分間を無駄にしないように、みんなマスクだから其々「○子です」「○子のダンナです」と大きな名札をかざしてスマホを回しながら「おめでとう」を言い合った。ガラス越しでも会えた。携帯電話でおしゃべりができた95歳になる母は感謝の手紙を書いていた。この感謝の気持ちが一族の絆になっているのだ。感謝の気持ちがあれば人生を楽しむことが出来る。そうだ! 出来ることを出来るときに出来る方法を模索して最良と思えることをやっていけばよいのだ。家族会だって同じこと。今年もこの方法で柔軟にやっていこう。調整のきく限り、難しいことはやれないしやらない。共に生き抜くことをいちばん大事にして、時に道草を食いながらも前を向いて歩いていきましょう。

 

他人事じゃない

 お母さんは入院中。一人暮らしを始めたNさんは社会との接点も少ないので、心細く、どんなに孤独なお正月だろう。寒い季節は心細さを増幅させる。ウチだって、やがて息子が一人ぼっちで正月を迎える日が来るだろう。その前に、ケアラーとして孤軍奮闘するかもしれない。明るいズッコケばあちゃんを目指したいが、困ったちゃんにならないとも言えない。それ以前に困ったジイさんがいるな。ジイさんを置いて逝くわけにいかないな。親が死んだらペットロスどころじゃないだろう。なんて、こういうのを「よまいごと」と言うのだ。私は、こうしてあるがままの気持ちを書いたり喋ったり発散して気持ちを楽にすることが出来るけれど、ひきこもる彼らは自己責任のかたまりで愚痴をこぼしたり、SOSを発して助けてもらったりが苦手ときている。なんらかの方法でこれが出来るようになれば親は安心して人生を全うできる。

相談に来たら話を聞きますよ! 言ってくれたらいいのに・・・ 自分の取り扱い説明書を用意して・・・ そんなの無理じゃん。悩みすぎてどこから話していいかわからない。だから困っている。そのような当事者に親を含めて応援者は想像力を磨き「察する」という能力が求められるのではないかと思う。

 ストレングス・アプローチでいく。ウチの息子の強みは、納得して決めたことは習慣になるということがわかった。衣食住、なんとかなる。親より確実に進化している。ないのはお金。そうだ、もう一度彼と一緒にライフプランを見直そう。良いことを発見したらそれが習慣になるように応援していこう。これが我が家の今年の目標です。

 

くららペアレント・トレーニング全6回を修了して

  2021年10月12日から隔週火曜日の午前中、社会福祉協議会新田支所の会議室で4人の受講生という贅沢な学習を12月21日まで全員休まず修了しました。お骨折りくださった「かたくりの会」の皆さんに感謝申し上げます。CCMNPO法人カウンセリング&コミュニケーション ミュウ)かたくりの会とは折に触れお付き合いさせて頂いていましたが、ペアトレは大人の引きこもりにも応用できるとのことで実現しました。

 講師の山本 泉先生(人間福祉学博士)の授業は実に楽しかった。テーマごとに受講生一人ひとりのよく出来た点を褒めてくれる。褒められるといい気分。調子に乗って、この気持を家族に向けられるから不思議だ。理論だけの学習だと「わかっちゃいるけどやめられない」となるところだが、実践してはじめて学びとなるのがペアトレの醍醐味だ。

 わからないことや聞き漏らしたことに、すぐ対応してくれるサポーターが受講生一人ひとりに寄り添ってくれたのも良かった。こんな学び方最高! 宿題もやりがいがあった。なにしろ褒めてくれるんだから、息子を一所懸命に観察し気持ちを推し量った。

 

ワークシート1 子どもの良いとこ探し

ウチの場合・長時間座って内職が出来る

     ・通院が出来る

     ・当番の日は家族に料理を作る

     ・歴史の解説が面白い      などすらすら書き込めた。

 

ワークシート2 子どもの行動を3つに分ける

 3つとは、1,好ましい行動  2,減らしたい行動  3,危険な行動

要は、行動そのものをしっかり観察する。行動とは、実際にしていること、見える、数えられる、聞こえるという具体的なこと。こちらは、好ましい行動を褒めて好ましい行動を増やしていくというもの。

 ウチの場合 「お汁を温めてくれたんだね。ありがとう」とか・・・

この積み重ねが基本的肯定感につながるのだそう。

 

ワークシート3 好ましい行動を見つける

 (日時)  〇ほめた行動 ◎どのようにほめたか ◇お子さんの反応

(10/20ウチの場合 ) 〇まな板を使うとき布巾を敷いて使っていた ◎まな板の下に布巾を敷いてるね。ずれなくていいね

◇常識! 俺がどんな仕事してたと思う?と言った

 

このワークシート3は、その後2回実践し記録した。その中身を検討していると、隣に座っているサポーターさんがストレングスシートに子どもの強みをどんどん書き出してくれる。ストレングスを使いながら、よく観察し、肯定的な見方で具体的に褒める。この繰り返しだ。だんだん上っ面でなく、子どもの深層に届くような言葉がうまれる。

 アブラハム・マズローやカール・ロジャースのカウンセリング理論もわかりやすく教えていただき、親もまた彼らの成長を促す光や水のごとき環境の一つにすぎないということがわかった。彼らの成長(回復)を阻害しないよう、心地よい環境でありたいと思った。

 最終回、講義の終わりに山本先生の「今、お子さんのことをどう思いますか?」との問いに私は、「肯定的な見方をすることで息子がとても愛おしい存在に思えた」と答えた。

 こうした学びを通して、私達は少しずつ元気になっていく。社会に理解を求め公的支援に訴えるのは大事だが、それにも増して大切なことは家族の力を高めることだと思う。家族という小さな社会を平和なものに、そのためには家族一人ひとりを理解し理解しあい出来る努力は続けて、出来ないところはフォローにまわるという覚悟をしたい。

 まずは、私達自身の自己受容。長所も短所もまるごとの自分を受け止め自由な自分になりたいですね。その練習の為にも、今年も「しゃべり場」で大いに喋ってね。

 

兄弟姉妹との付き合い方

 1223日の例会では、ひきこもる人とその兄弟姉妹との関係について話し合った。親亡き後、兄だから姉だからという理由でひきこもる兄弟姉妹を全面的に面倒見てほしいなどと誰も思っていない。それでも、何してくれというのではないが、それとなく見守ってもらえたらと願うし、味方であってと願う。経済的な面倒は極力かけまいと思う。この時代、自分の家庭を維持するだけでも大変である。その上で、社会経験の乏しい彼らを理解し少しでも応援してくれるよう、お願いしておきたいものである。

 親の愛を求めるという点では永遠のライバルである。親が不登校の子やひきこもる兄弟に関心が多く注がれると寂しいと感じるのはもっともだし、素直に仲良くなれない気持ちもわからなくはない。最悪、兄弟の関係がこじれて絶縁状態になっている家庭があるかもしれない。ひきこもりの兄弟がいることを引け目と感じ、あえて知らんぷりしているという人もいるかもしれない。親が学んできたことを丁寧に伝え、ひきこもり状態の人を正しく理解してもらえさえすれば、世間様に対して臆することなく対峙する強い味方にもなってくれよう。仲良くなるなんて到底無理! なんて諦めず、親亡き後、兄弟姉妹が少しでも良好な関係でいられるよう、親は和解への努力をしてみたい。

 

 兄弟姉妹は、親以上の応援団になってくれる可能性だってある。甥っ子、姪っ子は、叔父や叔母がひきこもりであろうがなかろうが遊んでくれたり、相手をしてくれる人が好きなのだ。働く姉の子を赤ちゃんの時から預かった青年は、ミルクを飲ませたりおしめを替えたことで存在価値を高めたそうだ。道草の会のNさんちもOさんちも甥っ子姪っ子に助けられた。この手がある。お正月はまさにこのチャンス!

 

 

しゃべり場だよりNo.51

2021.11.26

盛り上がった、子のいじめられ体験談

 11月第一木曜日、この日のしゃべり場には7名の参加者だった。今日は市役所も支援者も来ないとわかると俄にリラックス感が漂う。そうか、先月は緊張していたんですね。

いつも緊張状態にあるのは良くないけれど、良い刺激は学びのチャンスでもあります。ゆるみっぱなしでは進歩はないし、これからも緊張と弛緩のバランスをとってボチボチやっていきましょう。

 参加者ほぼ全員のお子さんがいじめにあっていたという事実。それが不登校やひきこもり状態に至るすべての原因ではないが、一因にはなっている。こどもはもちろん傷ついたが、親もまた傷つき年をとっても完全に癒えているわけではない。時々こうして疼く。

本音を言ったら学校も先生も大嫌いだと。ここだと言えちゃう。いじめは人間の尊厳を傷つける行為、情けない、知性も教養もない行いだと知らない人はいない。今もまた学校や職場で、他者を傷つけることでストレスを発散している人はいるだろう。針金さんがよく言っている寛容な社会、その造り手となるためにどうしたら良いのだろう。ハラスメント、コンプライアンスなんて言葉をよく耳にするってことはいじめは無くならないということを意味している。

 道徳で封じるなんて無理でしょう。いじめられたら、いじめてしまったら親は子をどう支えたら良いのだろう。人それぞれのやり方でこれが正解というものはないが、まずは、じっくり話を聴くことだろう。いじめられたことをスラスラ語ることも無いだろうから、心の声を聴くことになる。思いを十分汲み取るためには、十分に聴いてもらったという体験がなくてはできない。いじめた方も反省文を書いておわるのではなく、じっくり話を聴いてもらわなければ相手に思いを寄せることもできないだろう。小学生だってできるセルフ・カウンセリング、自他境界線の引いてあるフォーマットを使って日々の会話から自分の思いや相手の思いに気付く、それが習慣になれば少しは穏やかに生きられるのではないか、などと今になって思う。人には優しく、なんて精神論ではなくて、具体的な方法を教えてほしいですね。

 ともあれ、家族会のしゃべり場では共感力が高まり、皆さん良い聴き手に成長されているように感じます。親子がこの時代をともに生きているという事実は、「頑張ってきたんだね」の一言につきます。この日は、みんな、いじめられてどんなに悔しかったであろう子供時代の子を思って吠えました。うちだけじゃない!って、少しはサッパリしたかな?

 

 2021.11.6

 

講演会  いま、見つめなおす「ひきこもり」のこと  参加報告

 

厚労省生活困窮者及びひきこもり支援に関する民間団体活動助成事業

講師  KHJ全国ひきこもり家族連合会代表理事 伊藤正俊 氏

      ミニ対談 ひきこもりUX会議代表理事 林 恭子 氏

会場 安中市文化センターホール

 

 爽やかな秋晴れの一日、柴田さんの息子さんの運転(感謝!)で久々の外出。遠足気分で大きな木の下でお弁当を食べて、会場の安中市民センターへ。

 開会挨拶は、安中市長。個人の問題から社会の問題として、ともに学んで気づいてできることをやって行きましょうとエールをもらった。

 講師の伊藤さんは、自らサバイバーだとカミングアウト。家族会をはじめて30年になるが、次女の小学4年生から2年間の不登校がきっかけだった。地元では、PTAの育成部長をされるなど地域でも頼られる存在で、「伊藤さんちに不登校の子がいるって安心」なんて言われたそうだ。次女さんは、集団登校時の腹痛、微熱などで登校できなくなって、教育相談、講演会、研修とできることはやってみたが、今もって不登校の原因なんてわからない。「行きたい けど行けない」と本人も理由はわからない。2年間学校には行ってないが、家ではワークブックをやっていて、下校する友達に家によってもらい一緒に遊んでもらった。そして、中学では2年間学校に行っていた生徒より成績は良かった。本人が決めたことはやり抜く力になるとわかった。学校って、何だろう? と。

 家族会では、ていねいに話を聴く。帰りには皆さんさっぱりとした顔になってる。

例えば、否定されていたお父さんは誰にも相談できずにいた。話を聴いていると、その人の一生懸命さが伝わってくる。支援というのは、当事者家族にとってハードルが高いもの。何かされに行くと思うと自尊心を削られる思いだ。支援のあり方として、当事者をただ困っている人という関わり方でなく、いっしょに生きていこうという気持ちで関わりたい。相談を受けるの「受」の字に「心」を入れると何という字になりますか?と。 

 その人のひきこもらざるを得ない状態として理解してほしい。ひきこもりは必要だったが、ひきこもり続ける必要はなかったと言われる通り、長期にわたると次の問題(自傷行為とか)が発生するが、肯定的に見守る大人がいれば大丈夫。ひきこもりという状態像をしっかりと理解し、どうしたら親として認めてもらえるだろうと親も成長していく。そうやって支え合い励まし合う場所が家族会。

 H15年に居場所を開設。人に信頼してもらう。これは、大きな力になる。自己肯定感につながる。一人でもいい。「貴方のこと、信じているよ」の声を届けたい。いっしょにやろう、いっしょに考えよう、そのままでいいよ、という気持ちで見守る。その人に寄り添う人の支援もまた必要と思う。ピアサポーターのアウトリーチが成功すると、自然とお母さんが元気になる。それは、子どもに良い影響を与える。親は、親自身の人生をしっかり考えてほしい。人生を楽しんでほしい。人間とはなんだろうと問い続けてほしい。・・伊藤さんからのたくさんのメッセージである。

 さて、後半は林恭子さんとのミニ対談と質疑応答。印象に残ったところを記すと・・

・死ぬまで親は親、これは変わらないが、子は別人格。子どもに「さん」をつけて呼んでいる。対等に話をする。尊重する。(伊藤)

・学校だけが学びの場ではないが、学校に行かなかったことを後悔しているのは当たり前。自分もここまでくるのに20年かかった。周りが後悔しないようにとか配慮しようとしても、それは無理。(林)親は、できれば3週間くらい旅行に行ってほしい(林)

◎講演後の交流会には、道草の会からNさん家族が参加されているので、あとで感想を聞いてみましょう。                         (飯田)

                                                

                               2021.11.11

社会支援課高田課長との面談報告

 

1.2021年4月からスタートした「重層的支援体制整備事業の移行準備事業」は2022年3月で終了し、2022年4月から「重層的支援体制整備事業」が本格実施です

(群馬県内の人口の多い自治体では、館林市が来年度から開始予定)

2.ひきこもり支援担当は4人体制。係長(生活保護兼務)、職員3人(職員2人CSW=コミュニティー・ソーシャル・ワーカーの育成のための県の研修会に2021年11月に参加。)担当部屋は南庁舎2階第一講習室(ITOの会場) 主管は社会支援課で関係部署7課と連携

3.ITO代替部屋は企画課が調整して、2022年3月頃判明予定

4.重層的支援体制整備事業費(大半は人件費、その他備品など)は国が4分の3、太田市が4分の1の負担割合です

5.ひきこもり支援相談件数(4月~10月)

新規件数28件 継続件数69件(太田道草の会3件 民生児童委員2件)

6.来年3月頃、ひきこもり支援担当者が「太田道草の会」例会に参加予定

7.太田道草の会の会員対象にアウトリーチ(訪問支援)を行っています。

希望者は申し出てください。(浦野 稔)

 

◎    着々と私達の願いが叶って行きます。CSW2名! アウトリーチの実現 !!

 

それなのに、会員の相談件数3件とは少ないですね。重たい腰を上げて相談にいきましょう。何なら世話人が同行します。この事業に積極的に関わり経験値を高め、実りある事業にしたいですね。 (社会支援課 0276-47-1827)

 

 

しゃべり場だよりNo.50

                                                          2021.10.21

久しぶりの例会

10月18日(月)ようやく例会を開く事ができました。

何ヶ月ぶりでしょうね。

マスク・検温・アルコール消毒・会場の換気などコロナ対策は抜かりなく、

このスタイルはしばらく続くことでしょう。

非日常の日常を生きる覚悟が備わりましたね。

 

 今回は第一木曜日の定例会ではなく月曜日ということもあって、仕事の関係で出席できない方もいましたが、当事者家族10 名、当事者2名、居場所サポーター1名(針金さん)、太田市役所社会支援課より塩原係⾧、太田相談員がご参加くださり合計15 名のしゃべり場となりました。

 

  初めて来てくれたN さんは、お母さんがどんな仲間と親しくしていたのか興味があったことでしょう。

 皆さんの自己紹介とお子さんの近況などを聞いていてどんな感想をもたれたでしょうね。白髪頭のしょぼいおじさん・おばさん達だけど、なんだかやさしそうだなー、暮らしの心配をしたり健康問題を抱えていたり・・・自分ちと似ているなあ、なんて感じられたかしら?

 

  途中、無料法律相談に来られた方が、社協職員に伴われて参加されました。ひきこもりの人の家族会をやってるよ、覗いてみる? いいタイミング。まさに重層的複合的支援が始まったということですね。この方が言ってましたが、相談に行ってもどこの窓口でも本人を連れて来なくては相談に乗れないと言われ困っていたとのことです。悩んでいるうちに関係も問題もこじれを生んでしまったということでしょうか? 今日、この場所に相談員が同席していたという幸運な出会いでした。さっそく、家族支援の重要性を理解されている市役所の相談員・太田さんへつなぐことができました。きっと、太田さんは「一人で頑張ってこられたんですね。」と気持ちをくんで泣きたいだけ泣けるお部屋を用意してくれることでしょう。まずは、そこから。

しゃべり場は、思っていることを何でも言って良い場所です。うらみつらみ、じゃんじゃん言ったらいいんです。吐き出して楽になりましょう。わかってくれる人がいるんだなーと少しでも元気になって帰ってもらいたいです。埼玉教育文化研究所の白鳥 勲先生(子どもの貧困問題で活躍中)を道草の会でお呼びしたのは10年も前ですが、「何回でも何十回でも語り尽くすまでしゃ

べったらいいんです」とおっしゃっていました。そこから「しゃべり場」がはじまったのです。

そこにストップをかけて正論を指摘しても何も入らないということ。

しゃべり場は、学習会とは違います。

さて、学習会ですが今年度は1つだけになりそうです。道草の会に関わった方のなかでお亡くなりになった方がいます。入院中の方もいます。介護をされるようになった方もいます。そうです。私達は高齢者、何があっても不思議ではありません。高齢者の私達自身のこれからを照らす社会支援も考えていきませんか? 「介護保険制度について」などをテーマに市役所の担当係さんと日程調整して実施します。皆さんからも「こんなこと学びたい」という声をお寄せください。

 

ひきこもり白書2021

ひきこもりUX 会議の林 恭子さんら当事者団体からの出版です。当事者・経験者1686人分の回答をよく集めたものだと感心します。これは、「ひきこもりUX 女子会」を津々浦々で開催して積み上げた信頼の賜物です。コロナ禍を逆手にオンラインでたくさん肉声を拾ったこと、女性のひきこもりの人の数はけっして少なくないのに今までは数に上って来なかったが林さんの当事者性で彼女たちが加わることができたのは収穫です。太田道草の会の皆さんは、2018年1月のDVD を観る会(NHK 厚生文化事業団制作「ひきこもりからの回復」)に参加された方は、林さんが画面いっぱいに顔を出して横浜の精神科医を前に胸のうちを語るシーンを思い出された方もいるでしょう。私は、柴田さん・阿部さんとともに参加した第12回KHJ 全国大会(明大アカデミー・コモン)の分科会「居場所づくり」でメッセンジャーの林さんのお話を聞いたのを懐かしく思い出しています。ひきこもりのリアルをこんなにも集めてくれて感謝です!

この白書の特徴は、主婦や家事手伝いの人を含めて自分はひきこもりだと思う人の声を集めているということ。つまり、働いている人でも社会と繋がりがない人も加わっている。親亡き後の生活困窮や孤立など同じ課題に取り組めるということでしょう。調査ではあっても、数値表記に終わらない一人ひとりの当事者の立場を尊重した思いが伝わってきます。46万字におよぶ自由記述がそれを物語っています。この冊子の表紙・裏表紙は一見縞模様だが、拡大鏡で読めば、46万字全文が載っているのではないかと思う。いいデザイン!

1節 ひきこもりとはなにか

2節 ひきこもりを巡る家族関係と人間関係

3節 ひきこもりと経歴・就労

4節 ひきこもりの苦しさとは何か

5節 支援・サービスの利用経験と課題

6節 居場所や当事者活動に対する期待と課題

7節 座談会「ひきこもり」の再定義のために

これら7節に目を通して思ったのは、生き辛さの軽減の項目で、「就職した時18,3%」よりも倍近い「経済的に安定した時29.6%」さらに多いのは「安心できる居場所が見つかった時50.3%」という数値です。ただの居場所ではない。安心できる居場所で、自分だけではないという共感がトップということは、就労だけが解決ではないということを物語る。正社員として働きだし順調という人もいるが、割合からみれば1%台。これを見たら、もっと幅広い働き方が求められるのがわかります。回答者の8割が就労経験あり、その中の6割は就労の意思を示している。あとの4割は、怠けたいのか? 否、何回もトライし躓き諦めてしまった群なのだという。丁寧に記述を読み込み、ひきこもりのリアルを掲載してくれたことに感謝と労いを贈りたいです。

誰もが生きやすい社会、多様な働き方、孤立からゆるく関われる

居場所の役割・・・これらの課題に取り組めるように、家族会も想像力と仲間の力で立ち向かっていきましょう。 (飯田)